2007.06.21

仕事は、

その人なりのコミュニケーションの道具である
ということを、本日、友達と確認!
もちろん生活の糧を得る手段でもあるけど。

友達いわく、「そう思うと、とってもわくわくする!」 でした。
確かにそうだなあ。

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2007.06.18

“消費”では無いもの

昨日看護士である友人から、看護士や介護士は、使い捨てのような状況で働いているのが現状、という話をきく。
過酷な状況で実直に働いても、それ相応に報いられず、敬意も払われないことさえあるとのことだ。
その状況に、いてもたってもいられなくて、自分の会社をつくった彼女。

その話を聞いていて、消費されてしまう仕事(=デザイン)はなるべくしたくない、と常日頃思ってる自分にあらためて気付く。
逆に消費されてしまわないものって、どんなかたち???
そしてそれが、何処に在るのか、私の場合はどうやればいいのか、模索中。

参考までに、さきの看護士の友人は、自分の会社のHPで、

病院から私たち看護職が飛び出せばOne to Oneのケアが提供できるのではないか?

と綴っている。彼女はこうやって、自分の足で踏み出したのだな。


+
看護職が女性のカラダとココロを支援する、という彼女の会社CuLiCa(キュリカ)のホームページがリニューアルされました。キュリカの理念・サービス内容が、より具体的に掲載されています。

そして私parammmは、キュリカの妊産婦支援サービスのオプションプラン等で写真撮影・写真集編集を担当します。また、キュリカのHPのトップ画像は、parammmが撮影したもの。

ご興味のある方は、CuLiCa(キュリカ)のHPをのぞいてみてください。
http://culica.jp/

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2007.06.16

外の人が自分の可能性をみつけてくれる

昨日友達から嬉しい話を聞いた。

「ある機会に合わせて、(作品を)つくってみようかと思っている。」

ということ。
その友達の卒業制作を見たときはアーティストになるのかと思った程、彼女はしっかり芯のあるものを表現していました。だけど、卒業後はいわゆるものづくりとは異なる仕事につき、卒業制作のようなアート(彼女はアートではなく、デザイン行為としてたようだけど)が見れるのは、ずっと先かも、と思っていました。

そうしたら、昨日“その時がきたと思う”と、伝えてくれました。
きっかけは、最近学生時代の友達に久しぶりに会ったということ。
私の友達にとっては、ごく当たり前のように、単なる通過地点のようにつくった作品を、
鮮明に記憶していて“今はつくってないの?”という話になったのだろう。
自分(=彼女)がモノをつくることを待っている人がいる、ということに背中を押された、と友達はいいました。
私は「あの卒業制作のようなものをつくらないの?」とは、最近彼女に言っていないが、
私が何かしら待っていることは感じていて、それも後押しになったとのこと…。
そしてたぶん私のように彼女に期待している人は他にもいるので、それも感じたのだろう。

そんな話をしていて思い出したのは、“自分の仕事をつくる”のLW西村氏の講義中のことば、

“外の人が自分の可能性をみつけてくれる”
です。
自分の出来ることとは、自分では当たり前過ぎて、存外わからないものかもしれない。
実は、私もそんなふうに、人からみつけてもらったことがあります。

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2007.06.10

ちょっとした気付き

今日は、テキスタイル雑貨の撮影でした。
商品のカラーが控え目だったので、少し小道具を添えても商品だけ撮るとなんだか物足りないなと思っていたのだけど、モデルさん(素人さん)に、持ってもらって撮影を始めたら、とたんに商品が活きてきたからびっくりしました。
頭の中ではそういうモノがあるというのは把握していたけど、感覚で感じるのは、ひさしぶり?
これって新鮮!とおもったのだけど、最近近しいもので、そういう感覚を覚えたのを今思い出しました。
それは、建物や街の写真も人が写っていた方が、私としてはしっくりくる、とういこと。
昨日はそれで、メキシコのどの写真をアップするか、さんざん悩んだのでした。

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2007.06.08

カウントしてみる

手づくり靴をつくる友人の少し前の日記で、
“靴に刻印している通し番号が、今日500を越えました!#502に。”
とあった。自分以外の人のために作り始めカウントして、8年弱とのこと。
500足!!!
すごいなあ〜と、思って読んだあと、昼ご飯を作り始める。

料理してる最中に、“自分も番号うってみたらいいじゃん!”と思いつく。前にチャレンジオフィスの経営相談でキャリアカウンセラーの方に、今年1年は実績づくり(作品づくり)するのがいいのでは、とアドバイスされたのを思い出して。

仕事のものでも、普段のものでも、昔のものでも、自分がいいと思えるように作った写真は、ナンバーをうっていってみよう。まず001は昨年撮影させてもらった、カンナ掛けのもの↑。ものづくりする人シリーズ。(これには人写ってないですけど 笑。)

そういえば、近しい友人は自分が制作したちっちゃい巾着にナンバーをつけている。というか、ナンバーで呼んでいる。この友人とこの前、“つくることは、考えること”という話になった。
たくさんつくって(撮って)、たくさん考えよう。

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2007.06.07

本日の打合せ

今日は、ファッション雑貨をデザインし、みずから販売する女性起業家の方との打合せに出掛ける。
今回の私の仕事は、彼女の商品のイメージ写真を撮ることで、その下打ち合わせのためにオフィスを訪ねた。そして撮影予定のものの打合せの途中に、まだ具体的に商品化をしていない彼女がデザインした素敵なテキスタイルなども見せてもらった。

本来“布”というものが好きで、その布で何をつくったらいいとか考えるのも、とっても好き。そんなんで、写真の打合せを一時中断、それで何をつくったら売れるかという話で盛り上がる。私は全く消費者の立場で。
和のデザインがベースのポップな色使いの布だったので、簡単なところから、風呂敷とか、クッションカバーがいいかもなどという話がでて…とっても楽しかった。

こういう前向きな話を一緒にする時間ってとってもいい。次の本番撮影にむけていい雰囲気になったと思う。
そして素敵なモノや人に出会うことって、本当に仕事(つくること)の推進力になる!
あとは、当日天気がよいことを祈るのみ!

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2007.06.05

プロダクティブからの距離

今日、LW(リビングワールド)のサイトを久しぶりに訪れたら、はっとした文章があった。
センスウェアというエッセーで。


昨年末にこのLWの方の講義を受けたときの、

“何かモノをつくることを前提に考えているデザイナーより、
まずモノをつくることが必要かどうかから考えているデザイナーの方が、良い仕事をしている”

という言葉を思い出すが、このエッセーでは、

“プロダクティブであることと、
クリエイティブであることとは、まったく異なることだと思う”

さらには、

“夕陽にこころを奪われている人はなにもつくっていない。
けど、その内面は十分に創造的なのでは?”

と、語られている。

これを読んで気付いたのは、最近カメラという道具を手にすることによって、建築設計だけをやっていたときに気にかかっていたことから、少し開放されバランスがとりやすくなったということ。(あくまで私自身のケースです。)
私にとって写真を撮るということは、プロダクティブよりは、少し軽い。そしてそれは、コミュニケーションの道具ともなり、そのこと自体を求められることもあるのだ。

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2007.06.02

矛盾のない仕事

このブログでよくとりあげる“自分の仕事をつくる”という本で、

矛盾を感じさせない仕事

という言葉が登場する。
ここでは、東京で天然酵母をつかったパンづくりをする方へのインタビューが載っている。

「…(パンづくりは)ごく気軽にはじめたんですが、この仕事はそれまで経験した仕事に比べて矛盾がなかったんです。(中略)そのパンは、自分でつくっていても気持ちいいし、人にもすごく喜んでもらえる。素材だってカラダにいいものしか入っていない。とにかく全体的に矛盾が感じられなかったんです。…」

これを読んだ時、こういう仕事の仕方っていうのがあるんだなあ、と驚いたものだ。
経営的に成り立っていて、こんなふうに仕事している人って、いったいどのくらいいるのだろうか、ごく少ないのではないかと。

でも、先日茅葺きの現場をみて、そして茅葺き職人さんのつづるブログをよんで、こちらの茅葺き職人さんたちは、この“矛盾を感じさせない仕事”に近いものをしているのではないかと、感じました。
材料となる茅場の手入れをし、刈り入れ、そしてストックをし、その上で屋根に茅を葺く。葺かれた茅は、年月とともに風化して、やがては土に還っていく。
屋根を葺くところだけを見ていると、他の建設現場と別段異なったものにも思えないかもしれませんが、大きなサイクルでみると、かなり違ってくる。接着剤を使わない土壁がいつでも土に戻るのと、似ています。

「茅を葺くとは農業の一環に近いですね。」
という感想を茅葺き職人さんに伝えたら、

「茅葺き職人というよりも百姓が屋根を葺いている、そういった感じです。」
という言葉を貰いました。

矛盾のない仕事って、大きなサイクルがごく自然もののことを言うのだろうな。
環境に関わることに限らず、人との繋がりなども含めて。

フェアトレードをする会社に勤める私の友人は、会社のあり方や、モノのあり方・流れ・売り方等々、自分や社会にとって矛盾がないかということに対して感覚を鋭敏にしていて、よくその話をしてくれる。
私はそこまで広い視界は無いけど、デザインするという行為(写真を撮る〜空間をつくる)によって、人との出会いや繋がりをHappyにできたら、私にとっての矛盾のない状態だろうなと思う。



Miyamakitamura
それとは知らずに撮っていましたが、この先端がチョンマゲのようなものは、茅束のようです。
こうやって立てて、乾燥するそうです。今年2月下旬、美山町の北村という集落にて。

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2007.05.28

ものづくりする人

先週末茅葺き現場に行った時に、茅葺きについて知らないことばかりなのに、自分でも不思議なほど、あまり質問をしなかった。職人さんに何でも聞いていいと言われたにも関わらず。
そのあとなぜかと考えていたのだけど、それに今日気がついた。

私は茅葺き作業の行程を撮ることより、茅葺きをしている人を撮ることが、面白いと思ったのだ。
だから、知りたいことはたくさんあったけど、現場にいったら撮ることばかり考えていた。
あと、茅葺きの素材感がとにかく気持ちよくて、ほうけていたというのもあるかもしれませんが。(笑)

以前、かんながけの様子を撮ったときも、すごく面白かったのを思い出しました。
ものをつくっている時は、人が神経を研ぎすますとき。
だから撮るのが、面白いのかもしれません。



+
昼ご飯の後、職人さんたちは、皆刃物をを研いで午後からの仕事の準備をしていました。茅の断面を潰さずシャープに切るよう、刃を常に鋭利にしておくとのことです。Kayabuki_0077


 

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茅葺き屋根の上

Katabuki_0132
軒先下を切りそろえている風景。大きな剪定ばさみのような刃物を使用。


前の日記でも書いた通り、昨日は茅葺き現場を見学。
とても良く晴れたので屋根付近は暑いかと思いきや、風がちょうどよく吹いて、屋根足場の上はとても気持ちよかった。さくさくした茅葺き面に倒れ込みたくなるくらい(笑)。でも写真でふかふかに見える茅葺きは、実際は結構シャープな堅さに思えたので、そうしませんでしたが…。


この日は、茅を切りそろえて形をだし、いよいよ仕上げるという工程。この日の職人さんは4人。見学したときは、軒先を揃えるチームと、屋根面を切り整えるチームに別れて作業していました。

秩序だててでは無いですが、幾つかの作業を写真に納めました。
Kayabuki_0124
ピンクの糸は、軒先ラインのガイド。右半分は、これから切りそろえられていきます。

Kayabuki_0058
切り揃えたあとは、へらのような道具で、叩いて面を揃えています。


Kayabuki_0044
剪定ばさみのような刃物で、屋根上面も形をつくっていきます。


Kayabuki_0040

Kayabuki_0095
剪定しながら、時々屋根のデザインをチェック。
今回の屋根面は、僅かにむくった感じのデザインにしているとのこと。

Kayabuki_0133
適宜、切った茅を掃いて落とします。落とした後は軒先裏と同じように、巨大ヘラで、屋根面をたたいて茅を押し込み面を整えていました。

Kayabuki_0141
各種道具。私には使い方が判らない道具もあります。(後で調べてみます。)
これらの道具は、だいたいは手づくりするのだそうです。売ってないものが多いとのこと。

この日は、茅葺きの親方から、茅葺きの可能性について話を聞き、かなり現代的な素材・工法なんじゃないかと思いました(本気)。
茅葺屋親方のブログでもう少し勉強してから、またコメントします。↓
茅葺き職人のブログ http://www.kayabuki-ya.net/notebook/index.html

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