#008 こうして あなたが うまれました

妊娠期から産後1年、女性とそのパートナーをサポートする有限会社キュアリンクケア http://culica.jp/
の妊婦支援サービスのひとつ、小さな写真集“こうして あなたが うまれました”の1ページ。
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妊娠期から産後1年、女性とそのパートナーをサポートする有限会社キュアリンクケア http://culica.jp/
の妊婦支援サービスのひとつ、小さな写真集“こうして あなたが うまれました”の1ページ。
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太陽のようなネックレスは、イタリアンジュエリーINTINIというブランドのコンセプトそのままといっていいデザイン。鮮やかな赤の石はサンゴです。
イタリアン・ジュエリーINTINIは、友人の会社AILAで取り扱いしています。
AILA http://www.aila-japan.com/
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同じチャレンジオフィスに入居する有限会社 キュア リンク ケア( 通称キュリカ )が、6月7日(木)6:10〜のNHK京都の番組「ニュース610 京いちにち」で取り上げられます。
タイトルは『京の経済 最前線』出産女性支援ビジネス。
放映時間(何分間か)は、把握できていませんが…。
2年前のチャレンジオフィス創立当時に一度取材を受けており、今回は、キュリカの産前産後のサポートをつづっているともいえる小さなフォトブック「こうして あなたが うまれました」が出来たのがきっかけで、再度取材依頼があったとのこと。キュリカ社長、そしてキュリカのサポートを受けた家族へのインタビュー等で構成されている。先週取材があったのですが、チャレンジオフィスの様子もちょっぴり撮影されました。
キュリカ社長への取材をみていて感じたのは、事業の内容そして事業への思いを、短時間で的確に伝えるのは、簡単なものではないということ。特にベンチャーの場合、既存に存在する事業形態でない場合が多い。皆が知らない新しいものを、正確に伝えるということは、なかなか難しい。でも、今回は事例あっての事業紹介なので、視聴者には把握しやすいものになっているのではないかと期待している。
看護職による妊婦さんの産前・産後のサポートに興味のある方は、是非番組をご覧下さい。
それから、キュリカのサポートは、決してフォトブックをつくることが目的ではないのだけど、本というメディアの強さをも感じる。ネット社会で情報が溢れかえっているからこそ、出版の意味が強くなってきているのだろう。
今回のキュリカのフォトブック制作のお手伝い(写真撮影および編集)を、こんな展開になるとは思いもせず引き受けたparammmですが、私の出来ることが応援したい彼女の事業に役にたってよかったと、本当に嬉しいです。
参考までに。このparammmの起業ブログにフォトブックが出来上がった当時のことを書いています。↓
「赤ちゃんとお母さん・お父さんのフォトブックできました」
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先日、京の表現塾のホームページの画像のために、お題(笑)をもらった。
「和のイメージ画像を用意してください。(風景とか)」
前に撮影したものでもよいということなので、
手持ちのもので何かあるだろうと思っていたんだけど、あらためて
「和って???」
と、思ってしまった。ネット辞書で調べてみたら、和とは、倭とも書くとのこと、知らなかった。
辞書によれば、「中国・朝鮮で用いられた日本の古称。また、日本の自称。」、日本そのもののこと。
私に求められてるものは、和といっても、京都のものだろう。
この前知人に、「京都の建築とは、数寄、(極端にいえば)インテリア」というようなことを聞いた。これは、主に奈良時代の建築に対してのコメントだけれど。表現塾のメンバーが、創り出しているものも、主にインテリアで使うものばかり、そうかと思って、その日はまず茶室や書院のあるお寺に出掛けることにした。
出掛けるまで、そしてお寺についてからも、自分の中の「和」とは何だろうと、ぐるぐる考える。
頭に浮かぶのは、京都に来たばかりのころに見倒した、お寺(堂、書院、茶室、庭)の数々と、そして月並みだけど、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」のイメージ。
生活に根付いた、きちんとした和って、案外知らないなあ、と気付く。
もっと京都探検しようと、と思う。
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parammmが写真撮影のお手伝いをしている京の表現塾が住生活情報マガジン“余はく”の創刊号の特集に掲載されました。
特集のタイトルは
「京都の美に遊ぶ」
伝統技術を活かした、新たな挑戦が京都から始まってます。
匠の技が創り出す「美」を、心の余白に取り入れてみては…。
と、いうもの。
京の表現塾(サロン)は、各工芸の組合青年部を横断的にまとめた京都最大の工芸組織。現在の構成は、京うちわ、絞り染め、鍛金・彫金、くみひも、表具、砥石、扇子、金襴裂地、和本、木工藝、陶芸等々。高い技術をもち、京都工芸のブランドとして守るべき一線は守りながら、現代生活に活きるものとして、使う人(消費者)を念頭に置いたものづくりし、手元に届けたいとしている。
直近の活動は、著名なテーブルディネーターの方を迎えて新宿伊勢丹での催事「日本の意匠 和のこころ」でした。予定では、5月中には、京の表現塾HPもアップされます。
今回この冊子に掲載された京の表現塾の写真は、表紙を含め全てparammmが撮影しました。

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上は、美山町の素敵な茅葺き家屋にての、陶芸家・梅棹マヤオ氏の作品展のDM。
デザインはStudio Mano、写真はparammmによるものです。
Studio Mano(スタジオ・マーノ)
http://www.studiomano.com/
陶芸家・梅棹マヤオ氏のスタジオ、studio fire and fibre
http://www.umesao.com/
作品展会場の厨房ゆるり。
http://youluly.umesao.com/
茅葺き家屋の素敵な空間です。美山の旬のお料理も楽しめます。↓
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京都の堺町画廊での ぽちてっくスプーン教室 に参加してきました。
自分の手でものをつくるって、本当に楽しい!
そして、本日ちょっと筋肉痛(笑)。
スプーンづくり体験、追って日記にアップします。
また、この堺町画廊で ぽちてっくてんその5 が開催中。
素敵な空間にLovelyなぽちてっくさんの家具が、展示されています。4/30(月)まで。
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前に美山町で撮影したものを、仕事を頼んでくれた友人に先週末見せて必要なものを選定してもらう。
今回はある小美術館のパンフレットづくりの素材として使われるのだけど、そのパンフレットをデザインする彼の選んだものを見て、
「なるほどー、こういう絵を素材として使うんだ!」
と、改めて新鮮なものがあった。
前にも別の仕事で、彼に画像を使ってもらったことがあり、それと合わせて感じたことは、
施設のパンフレットに使うのだから、その空間の説明であると同時に、
ちょっとした視点(空間の見方)の面白さがわかるようなものが撮れたらいいな、と思った。
後でどう使ってもらうかもある程度イメージしながらも、新鮮な眺めといったものが見せれたらいいな。
そんなものがたくさん撮れるように、現場でもっともっとテンションをあげたい。
今回は曇天のもとでの撮影だったので、それに対してどうイメージをつくるかとか、どんな実際のテクニックが必要とか、それから後の画像加工なども、知れて勉強になりました。
仕事をくれる友人たちに育てられている、とつくづく感じるこの頃。
とてもありがたいことです。
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彼がボランティアで全く目が見えない方(話の流れからするとおそらく産まれた時から)の方のショッピングに同行した時のこと。
その方が、服を選ぶ時に、この“色”は似合う、似合わない、と、はっきりと口にしていたという。
例えば「この赤は、私に似合う」等々。
目は見えないはずで、しかも産まれた時から、である。
学生がいうには、手触りなどから、その人の尺度の“色”があるのではないかとのことだ。
と、いうことはおそらく私たちとは全く違う尺度の色の世界というものが、頭の中に存在しているということだ。
そして、それが否定される理由はひとつもないし。
だいたい同じ目が見える世界にいて、同じものを目にしても、見え方は人それぞれで違ったりして、その場合だって、ある意味尺度の違う世界に生きてるとも言える。
目が見えないということは、
“何かが欠けてるわけではない”
と現実の話として知れて、すごく興味深かった。
ちなみに、停電があって、目の見える人間が暗闇で困っているときに、
目が見えない人は、ふだん通り何事もなく、行動できるそうです。
+
先々週、京大の吉田講堂でのブラジル音楽イベントにて撮影。
たまたまカメラを持っていて、めちゃかっこよくサンバのステップ踏んでるヒトたちの足元撮りました。
この画像は、ある意味“カメラの眼”。人間の眼で見ていたら、こんな鮮やかな紫の影は見えなかった。

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土曜日は京都の美山町宮島というエリアに出掛ける。
友人がデザインするパンフレットの素材のための写真撮影。
この仕事の私の受け持ち部分のおもしろいところは、1年通して4回ほど撮影し、四季折々の風景を納めるということ。今回は、もちろん桜。
この日は朝は天気がよくなるかと思えたのだけど、途中で雨がパラパラきたりしたので少し焦る。
桜のある風景はなんとか納めましたけど、反省も多々あり。
予報をみて天気が良くなると踏んでいたので、雨の対策をしていかなかったこととか、
天気とは関係ないけど、茅葺き屋根の家屋のギャラリー(屋根裏)の照明環境が撮影するのに難しかったこと。
また、できれば適度に人が入ってる風景(活きてる感じ)を撮ってくれればと、要望があったけど、そのシャッターのタイミングが難しかった。これについては、“やらせ”のような風景をとっては意味が無いけど、
ある程度自分の中でのイメージも必要だと感じる。
特に屋根裏のギャラリーの方は、絵の展示風景わかるようにしながらも、茅葺き屋根の構造や茅の素材感、破風から差し込む光の感じを、目に見えるそのまま撮りたかったので、その場で既存の照明の付け方を何パターンか試す。そして絵の額縁のガラスが反射するので、そうならないように確認しながら撮る。
それで小さな空間なのに、かなり時間を要する。出来るならば、事前に照明の状態をヒアリング要…。
今回の場合は、パンフレットの素材なので押さえておくべき風景がある程度決まっていたのだけど、それを自分が面白いと思う視点で、
「ワクワクしながら撮りつづけるということ」
は気持の上で訓練がいるなと思った。
ある程度のノルマはきちんと押さえながらも、遊ぶということ。
それ以上表現するものを撮るということ。
あたりまえだけど、これ!と思えるまで根気も必要…。
当初の予定の場所で撮影を終えたら、美山町の桜の名所もちょうどよく咲いてるからと、そちらにも寄る。
こちらで、何枚か撮っているうちに、かなりリラックスしてきて、とても面白い風景を見つける。
花びらではなく、5枚花弁がしっかりついた桜の花が落ちてくるので、「?」と思って見上げたら、
小さな鳥が桜に停まって、花をついばんで蜜を吸っては、くちばしから離して落としているのだった。
結構な早さで吸っては落とし、吸っては落としで、花が降ってきてるみたいでした。
次の美山での撮影はおそらく5月、新緑の頃です。
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最近は4月からはじまる授業の準備をしていますが、一方ちょこちょこ写真を作ってます。
昨日ワーク↓
クリックして拡大してみてください。現物より大きくなります(笑)。

個性的なデザインのサンゴのチョーカー。真っ赤な珊瑚。
このジュエリーのブランドは“INTINI”。
ミラノから、日本上陸。
4月11日から24日の期間中、神戸大丸の1階アクセサリー売り場で、展示販売されます。
SHOW at Kobe Daimaru
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表紙に惹かれて、手に取った雑誌を開いてみたら、
表紙の佇まいを裏切らず、どちらかというとそれ以上の、紙面があった。
じっくり眺めたくなったので、創刊号を買ってみた。
(創刊号は昨年の6月であるから、すでに目にしている人もあるかもしれません。)
その雑誌、まだざっとしか目を通して無いけれど、
はっとするような言葉が幾つかあったので、拾いだしてみました。
生活が冒険になるデザイン
線をひいているときがある…。
なにかがいとおしくなったり、小さな光景を思い出したり、ときには不測の事態に陥ったとき。
それは、文字とも絵ともいえないものだ。
線のいるところは、「言葉」になりにくい言葉たちと、
「言葉」になりたい言葉たちと両方いる、へんなところかもしれない。
彼岸も此岸も、過去も現在もいっしょくたのような。
美しさは役に立つから美しいのではなく
美しいから役にたつ
生活の荒廃は、美意識の喪失から始まるのではないか。…(中略)
生活の時間、生活の空間そのものがなくなっている。
生活がなくなったのは、人と人、人ともの、ものとものをつなげる美意識がなくなったからだ。
つまりここでは、デザインとは生きる意思の別名となるだろう。
(“ここ”とは、この場面では、この雑誌のこと。)
昨今の「効率」はもちろん大事だ。
でも人生は、消費だけで埋め尽くされた生の時間ではない。
(雑誌 graphic/design より)
これから、この言葉たちを頭のなかでちょっと反芻してみます。
そして、この雑誌のたたずまいが、
「美しいものってなんだろう、もっと美しいものを見てみたい」
と、日々考えている友人がつくった小さな雑誌の雰囲気と
共通したものが在るとしばらくしてから気づいて、
興味深い偶然(必然?)だなあと、思いました。
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金曜日に、知人のあつかうジュエリーの撮影をしてきました。貴石(自然物)を撮るって難しそうだなと思い、2週間くらい前に一度試し取りさせてもらい、自分なりに対策をたてて、再度のぞんだ、という感じ。
撮り方は少し迷ったけど、試し取りの画像を見て「自然光のもとで、撮ったものがいいな」と言ったそのジュエリーを扱う知人の言葉に導かれて、自然光でなるべくシンプルに撮ることにしました。そしてやはり身につけた状態で撮るのがいいなと思い、ショールームにあったトルソに着せて。
撮ったジュエリーは、素材やフォルムがそれぞれ特徴的なものを選んで、ブランドのコンセプトそのものを表現しているようなものから、個人的に私がすごく気に入ったもの(自分に似合うかどうかは別)を数点。
ここで、その日の発見。
写真を撮るのも神経を使うが、そのジュエリーが際立つようトルソに着せることは、簡単ではない!
服に着こなし方があるように、ジュエリーも美しくみえるように着けなければ、きれいに撮れない…。先日の試し取りのように、布の上なんかに置いて撮るほうが易しいように思ったが、ジュエリーってやっぱり身につけるものだからなあ…、とトルソを前に四苦八苦。先日、バッグの撮影で同じような苦労をしたけど、ここでも着せるのにかなり時間を割きました。
でも、自分が納得いくように着せてしまえば、あとはそのまま美しく見えるように撮ればいい。
好きなジュエリーばかりなので、アップで撮ったり、ひいて撮ったり、コントラストがつくように撮ったり、少し逆光で撮ったり、絞りを空けたり極力絞ったり。自分の気の済むまでたくさん撮りました。
今日はその写真の加工(加工というより、コンピュータで絵をつくってると言いたいところ)をしていましたが、好きなものを撮るということは、カメラに納めるのも楽しいし、そのあと加工も本当に楽しい。
“執着”という言葉が合うほど、好きなモノ(あるいはコト)に接して仕事をしたいと、つくづく思ったのでした。
+
トップの画像は、その撮影したものです。まだ、加工中のものですが。
このジュエリーはINTINIというブランドのコンセプトそのままいっていいデザイン。鮮やかな赤の石はサンゴです。このジュエリーは身につけるというより、もうアート作品ですね。
イタリアン・ジュエリーINTINIは、AILAで取り扱いしています。
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女性の産前・産後のサポートをする会社Culica(キュリカ)を経営する友人のお手伝いで撮影した写真のフォトブックが出来上がりました。
(Culicaと設計事務所parammmは、チャレンジオフィス仲間です。)
私が目にしたのは昨日で、オフィスに出勤した私を彼女が見つけて
「机の上に置いておきましたよー、まあまず見てください。」
と、微笑みながら声を掛けてくれました。
デスクの上の12センチ四方、34ページのちっちゃなフォトブック。
まず、自分の撮った写真が表紙になってる冊子を手にして、かなり感動。
うわー、本になってる!!!などと単純に(笑)。
ストーリーに関しては既に頭に刷り込まれているし、プリントアウトして実際の大きさなども確かめていたのだけど、やはり冊子になると、ひとつのまとまったストーリーとしての存在感が確固たる感じになっている。これも面白かった。
フォトブックの内容をかいつまんで説明すると、ある妊娠した女性とその家族の産前・産後6ヶ月ほどの間のストーリー、そしてそれに写真を付けたもので、それは、友人の会社Culicaのサポート記録にもなっている。(CuIicaのサービス内容に関しては、コチラをどうぞ)
ストーリーについては友人が書き、写真に関しては、出産前のものは友人が携帯カメラで撮影、出産後(産後二日目)は私の方で撮影したものになっている。
この日改めて感じたのは、この小さな写真集を産前・産後の女性(またその家族)のサポートのひとつとするという友人のアイデアの面白さ。この本は、産後育児に奮闘、息をつく暇もないようなお母さんとその家族に、出産するまでの日々、そして出産時の喜びを、時折振り返らせてくれるものとなっている。
産前のストーリーから追って行けるというのも、産前サポートをしている友人の会社ならでは、である。
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AILAが取り扱うDANIERA DE MARCHIのジュエリー。石の色彩、カットがとにかく美しい。
今週の火曜日に、ジュエリーショップをする知人のショールームを訪ねて、彼女が扱うジュエリーを試撮影させてもらう。
知人の扱うジュエリーは、イタリアのデザイナーによるもので、日本では目にすることができないような、おおぶりでナチュラルな貴石あるいは半貴石をふんだんにあしらったもの。しかし、たっぷりとしたボリュームなのに、アンシンメトリーなデザインや石の散りばめ方で、身につけてみると想像するほど重々しい感じにならないのである。
今回は試し撮影であったのだけど、光や石の種類によって、ジュエリーの見え方が全く異なってくるのが、改めて面白かった!
柔らかい自然光の中での石、
ドラマチックにスポットが当たった時の石、
主張のはっきりしている色の石、
水彩画のような微妙な色合いの石、
透明感のある石、
カットが素晴らしい石、
またそれぞれは絡みあっている。
石をいかにきれいに撮るかに尽きるなあと感じる。
私らしい撮り方を考えて、本撮影にのぞもうと思います。
+
知人の経営するAILAは、先週大阪心斎橋にショールームをオープンしました。
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少し前に知人からもらったチラシ。
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-記憶と記録のつくり方- 連続講座
哲学する写真「写真を通してケアについて考える」
(抜粋)…写真は、誰にとっても記録のための身近な道具ですが、それは単なる記録ではなく、記憶を共有したり、新たな思いを想い起こさせたり、人と人をつなぎ、世界を開いていくことができる能力をもっています。…
(沖縄の興味のある人なら、雰囲気でそれとなしに沖縄の離島で撮影されたとわかる大家族のモノクロームの写真が載っている)
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サイトはコチラ
チラシを貰った時も面白そうだなと思っていたけど、先日赤ちゃんとお母さん・お父さんの写真を撮影、そしてそのちっちゃなフォトブックを編集していて、撮影時の自分の体験とそのチラシの講座がすごく関係あるような気がしてきている。で、その講座の1回に申込みました。
赤ちゃんとお母さん・お父さんの写真の撮影は、たんに偶然ある家族の幸せの瞬間に立ち会った(傍観者)というだけでなく、何か自分も「関わった」気がしたのです。多少なりとも。その何かはちっちゃなフォトブックが出来た時にわかるかな?
それにしてもこの講座の申込先である
「アートミーツケア学会」
って素敵な名前です。 アートミーツケア学会についてはコチラ
Mexicoにて。
庭に植えられた大きな樹、アドベ(土レンガ)の家、積み上げられたトウモロコシ、ランニング姿のおっちゃん(家の主人)とちっちゃな息子、おばあちゃん。
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ちょっと先の話だけど、4月にPotitek(ぽちてっく)さんが開くスプーン教室に参加する。
先日ぽちてっくさんが工房として使用しているユニークな共同オフィスを訪ねた時にスプーン教室のことを知り、友人と一緒にその場で申込みをした。
木のスプーンを作るという教室で、流れとしてはあらかじめ荒く形を取られた木のカタマリを選んで(大きさ、かたち、樹種、いろいろあります)、のみや小刀、ちびカンナを使って成形し、サンドペーパーでみがき、最後は植物性のオイルでぴかぴかに磨いて仕上げるというもの。本当に何も手を施してない木を成形するところから始めると、二日ががりにもなってしまうので、おおまかに型取りしてある木からスタートするとのこと。
教室の話を聞いて私が特に気に入ったのは、スプーンづくりの最後に自分でつくったスプーンで実際に食事をするということ!自分が実際に手を動かして一生懸命なんとか形にした「作品」で、すぐに食事ができるなんで、凄くいい!それに、疲れて途中でくじけそうになっても、鼻先のニンジンのような役目を果たしてくれるかな(笑)。
“たべる”ということは、誰もが必ず行う行為で、お腹も心も楽しく満たされる時間ですよね。その行為に使う自分にとっても親密な道具を、好きな木を選んで、自分でつくりあげるなんて幸せを感じそう(おおげさ?笑)。
つくるものがスプーンであるというのもいいなあと思う。箸でもなく(いいと思うけど、かたち的にシャープすぎる)、フォークでもなく(削るの難しそう)、ナイフでもない(バターナイフならいいかな。でも使用頻度はスプーンが勝ち)。
一緒に参加予定の友人は、ちびスプーンを作って端部に穴を空けて、革ひもなんか通してペンダントにしてもいいかも、といっていた。これって、木のスプーンならではのアイデアかな。
ちょっと先のお話しですが、4月末がとっても楽しみです。
ぽちてっくのお仕事はオーダーの木製家具のデザイン・制作と木の小物づくり。私は珍しいように思うのですが、女性ふたりで活動する木工チームです。
制作されている家具は、木の風合いを活かした飽きのこないシンプルなデザイン、そしてちょこっと“ぽちてっくらしい”味つけがしてあって愛嬌を感じます。
スプーン教室は、木という素材と家具工房ぽちてっくの入門編となっているように思いました。
HPもシンプルでさわやかなデザインです。
木の家具工房ぽちてっく
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先日、指物をやっている作家の方の工房をうかがう機会があった。この時も写真係。
木を組み合わせてつくられた繊細な細工物を実際に手にとって眺めることができた。どんなにシャープにみえるものでも、よく見ると手に馴染むように僅かに角がおとしてある。
また、ここの仕事場には鉋が数えきれないほどあった。100台くらいあったのではないだろうか。作るものにあわせて使いわけていくのだろう。中には親指をふたまわりほど大きくしたようなワラジ型の鉋もあって、あまりの小ささと、でもよく出来ているのにびっくりする。
木をくり抜いていって作った盆などを見せてもらったのだけど、それを成形する時に使うと聞いた。これで、わずかにわずかに木をくりぬいていくのだ。
つくられたものと一緒に道具の数々を目にしたせいもあるのだろうが、かなりエッジのきいてる作品でも、何かしら工業製品には無い手の跡を感じた。人の手を使って時間をかけて丁寧につくられたというような。
今もその木のやさしい肌触りを、思い出すことができる。
これって、誰しも直感的にわかるのではないかなと思った。意識すらしてない場合もあるかもしれないけど。
たぶん私の仕事にも言えるのだろうな。

いい感じに散らかってるカンナ屑。(記事の指物の工房ではありません)
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先日のあじき路訪問のあと、同じく東山区のユニークな共同アトリエと、そこに入居する木工作家の方の自宅を尋ねる。
そこで彼女のいくつかの作品を見せてもらう。彼女が自ら説明してくれたのだけど、2つの傾向があることに気付く。
一つは、図面を描いて、モックアップを起こして制作する家具(プロダクト、といったらよいのだろうか)。もう一つは、彫刻を彫り上げるように、ざざっと木を削って(落として)形にしているスツールとか、木の食器とか。
また、後者の方に通じるように思うのは、彼女の自宅にあったもの。彼女が制作したものではなく、実家から譲りうけてきた作業台で現在はダイニングテーブルとして使用しているものや、誰かからもらった棚など、しっかり使い込まれた木の家具。
彫刻のように仕上げられたもの、それから自宅の家具などには、樹種やかたちを超えて、シンプルに木というものへの深い愛着とセンスを感じ、そんなふうに木を愛おしんでる彼女がとってもいいなあと思いました。
そして私もそんな素材があるだろうか、と振り返ってみました。
そうだな、私の場合はしいていえば自然光だろうか…。

荒々しさが気持よくて、年月を経てる感があるテーブル。
昨日は、友人の会社でサポートしている若いお母さんとその赤ちゃんに会いに出掛ける。
お母さんは今週月曜日に初めての出産をしたばかり。私の役目は、そのお母さんと赤ちゃんを撮ること。
赤ちゃんってとにかく綺麗で、なにもかもフレッシュで(生まれたばかりだから当たり前だけど)、赤ちゃんを撮るのもすごく興奮したのだけど、出産したばかりのお母さんが赤ちゃんを見つめたり、抱いたりする姿がすごく初々しくて、美しいものを見せてもらってるなあと思って、それを一生懸命写真に納めた。
私はプロの写真家ではないけど、写真を撮ることにとても執着していて、それって一体何がそうさせるのだろうとずっと考えていた。それで最近気付いたのは、私は何かものの関係を写真に納めたいと思っているのだな、ということ。
人と建築、人と風景、人と人という、言ってみればその場でしか見れないような、風景、佇まい、あるいは一瞬。
それに集中力をもって接して写真に納めるっていう行為が、緊張もするけど、とっても気持がいい。充実感がある。
昔は静物や風景や、人のいない建築の写真ばかり撮っていた気がする。たぶん変わってきたのはメキシコへ長旅にでかけて、街の写真を撮るようになってきてから。街の写真って、人がいないと面白くないのだ。
こう考えると、建築も人に使われてこそのものだと、思える。
写真とは別ですが。
昨日聞いた言葉ですごーく感動したのは、出産を終えたその若いお母さんが、ふと言った、
「実際に出産するまで、本でいろんな出産体験を読んだけど、
自分の出産は、他の人のどの体験とも違った。」
というもの。
世の中に出産マニュアルのような情報が溢れているけど、そのどれと異なっても、だからといって不安におちいる必要はないようです。ひとそれぞれのようですね…。
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昨年末、友人のオフィスづくりでペンキ塗りを手伝ったあと、年明けには、自分の部屋のペンキ塗りをした。
それは入居時に塗り残していた部屋の1/5くらいの部分。その壁面はドアが3カ所あって、マスキングテーブで養生するのが面倒だったせいもあったり仕事が始まったりして、塗り残していた。それを塗りきって本当にすっきり。
一度手を動かし始めると、道具を出したり、洗って仕舞ったりの億劫さが緩くなって、いつかやろうと思っていたことに取りかかってみたくなっている。
次は、椅子と鏡のニスの塗装を剥がして、オイル系の塗装に仕直そうと思っている。塗装のリムーバー(剥がし剤)とオスモカラー(天然オイル系塗料)は取り寄せました。週末の時間のある時にぼちぼちやろうと思ってます。
普段の仕事は鉛筆でスケッチしたり、コンピュータで図面を書いたりで、実物そのものをつくることってほとんど無い。模型を作ったりもするが、それも実物空間のモデルだし。
部屋のペンキ塗りのような些細なことでも、こんなふうに手を動かして実際のものをつくったり、手を加えたりすると、ほっとする。自分がちゃんとリアルなものをつくれるのだという安心感につながっているのだと思う。
そういう意味では、料理することも同じだな。コーヒーをちゃんと煎れたりとかも。
近々スプーンづくりの教室に参加するかもしれません。
写真はスプーンづくりの教室で彫って磨かれる前の材料段階のもの。ひとくちにスプーンといっても、かたちはもちろんのこと、木の種類や彫り方なんかによっても、かなり表情が異なったものが出来そうですね。
先週の木曜日、京都東山のあじき路地に友人と訪れる。
昨年に一度、京都市内に長屋の古家をもつ女性と、長屋がうまく活かされている事例見学という名目で訪れた。そして今回はそのあじき路地で店舗を構え、手づくりの革製品を制作・販売する女性を訪ねた。
その店舗はRimさんといって、手縫いで革製品を制作しているShop。革製品で手縫いなんて、初めて目にしたのだけど、手縫いのなんとも言えない風合いに素直に感動。手縫いといっても、もちろんきれいに整っているのだけど、なんというか、フリーハンドで引いた線と定規で引いた線が確実に異なるように、手縫いは手縫いの素敵な味があるのだ。
Rimさんところの商品は、一つの型(デザイン)で布と糸を選ぶことができる。そしてそれだけ縫い目に味があると、縫い糸を変えただけで同じデザインでもかなり表情が違ってくるのが面白い。形はシンプルなものが多く、それでいっそう手縫いの線がいい味付けになっていると感じる。
友人と二人でRimさんの仕事についていろいろと質問。
なぜ手縫いを選んだのか、どこで習ったのかとか、長屋の改装のいきさつとか。短い時間だったけど、いろいろと尋ねてみてRimさんから感じたのは、好きなことに向かって、ちゃくちゃくと進めていくという強さ。
とってもユニークだと思った受け答えはこれ。
私の友人の「どこで革製品をつくる技術を学んだんですか?」という問いに対して
「いわゆる“学校”のようなものは、無かったの。だから、独学で出来る分野なのかもしれないと思って、“教室”には通ったことがあったけど、あとは調べたりして自分で勉強したんです。」
というもの。
自分のやりたいことに対して、自分で道筋をつけていく。
これは週末講義の講師の方の著書“自分の仕事をつくる”の領域だな、と思った。
今のお店を構えるまでにいろいろな仕事をやっていて、例えばインテリアショップの接客のスタッフなども経験していて、それも多いに現在の仕事の多いに役に立っているといっていたこと。
「良いデザインが出来たり、革製品をつくる技術が優れている人は多くいるけど、それだけでは果たして、自分で店を構えてやっていけるかどうか…。」
というような、話にもなった。
人に仕事を頼まれるって本当に簡単なことではない、と独立する前からずっと思っていたのだけど、ここで上がった話も、まさにそれ。
ものづくりは人と人の間で成り立つものなのだな、改めて思う。
いや、ものづくりに限らず「しごと」ってものがそういうものなのだろうな。
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“ジャック・マイヨールの息の長さ”は、 2005年夏、リビングワールドの“窓”展で手に入れました。そして最近、手元にやってきたのは“太陽の光が地球に届く時間”と“月の光が地球に届く時間”。
時(とき)の長さが白い砂の量で測れて、太陽の光が地球に届く時間と月の光のそれの違いが ひと目で把握できるのが面白い。月の光が届く時間は、砂が少な過ぎてガラスに付着したまま落ちないんじゃないかと思うくらい、ほんの僅かな量。一瞬なんだなあとわかります。それに比べたら、太陽の光はもう少し長旅をしてくるよう。
この砂時計たちは、デザインオフィス・リビングワールドのIn this timeというシリーズで、私たちが通常何気なく使用している秒とか分とかでは無い単位の“時(とき)”を示しているとのこと。
実は今の世の中、便宜上あるいは商業上つくられた尺度のようなもの(=情報)がとっても多い。例えば大きなところで言うと、“時間帯の境界線”は、地球は球であるけど、それに純粋に沿うかたちではなく国境の形で決まってる。そこには政治の力や経済的な便宜上の理由が働いていたりして、あくまでも人工物なんですね。人間が便宜上つくった時間の単位の一つでしかないと言えます。
このお話は、やはり昨年の週末講義で聴いたもの。
別の時間の単位の一つとして、この砂時計があるのですね。

月の光が地球に届く時間は僅か。
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「In this time:the freediving world record surpassd a depth of 100m
(1976;Jacques Mayol)」
と、フレームに刻印された、ちょっと風変わりな砂時計をもっています。
1分とか3分とかではなく、ジャック・マイヨールがフリーダイビングで100mを超える深さを潜り、ワールド・レコードを出した時の息の長さ(潜水時間)の砂時計。
シュノーケリング愛好者の私は、フリーダイビングの神様の呼吸を手に入れることが出来るような気がして、この砂時計を見た瞬間に、「絶対欲しい!」と思いました。
目に見えない時(とき)の長さが、こんなふうにデザインされて形となって、それを手にとることが出来るなんて、とっても面白いですよね。
また、デザインする側から考えてみると、この砂時計のようにある形をとっているけど観る人によってイメージの分だけ広がりを持つ、あるいは多様な意味を持つ、みたいなものをつくれたらいいなあと思う。
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昨年12月、竹中工務店のギャラリーで“都市の記憶”という写真展をみた。
写真家村井修氏は、建築写真の第一人者として徹底した審美眼をもつ人物という印象が強かったのだが、この展覧会のために選ばれ展示された写真は、今迄知らなかった氏の別の一面を表現しているようでとても興味深かった。
1950年代の愛知県半田の人々、日常の風景にむける柔らかなまなざし、こちらまでワクワク感が伝わってくるような美しい海岸線をとらえる航空写真。
これらの写真からファインダーをのぞいている時の気持の高揚感が伝わってきて、これから察するに、きっと私の写真からも撮ってる時の気持ちを見る人にさらしてしまっているのだと、すごくリアルに感じてしまった。
(こう考えると写真を撮って、人に見せるのって少々恥ずかしいものなんですね。)
この体験をして、前から不思議に思っていたことの謎が解けた気がした。
友人が撮るメキシコと私が過去に撮ったメキシコの写真から受ける印象がかなり違って、どう撮ったらこんな風に違ってくるのか不思議だったのだ。
友人のメキシコは、キュートで鮮やかな色彩の中にも爽やかさがあって、どこかしら透明感がある。
一方私の撮るメキシコは、少し土っぽくって、街にみられる色彩は“押し”の強さを感じる。わずかに毒気のあるような鮮やかな色彩。
そう見えているのか、そう捉えたいとおもっているのか、どちらか解らないけど(両者かな)、それぞれのメキシコ観があらわれているのだな、きっと。カメラは現実をそのまま撮っているようで、実は表現の道具なのですね。

parammmの撮ったメキシコ、すごく田舎にあった修道院。
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現在の私の住まいは、北向きの窓一つしかついてないワンルーム。
マンション自体が築年数が古いということ、それからこの北向きということで、広さのわりに家賃は安い。
日本では南向き信仰が強いので、北向きの部屋は敬遠されがちだけど、場合のよっては、そんなに悪くない、むしろ望ましいものとなる時もある。
まず、私の部屋は3階で、窓のついてる側は近くに2階以上の建物がなく、北側とはいえかなり明るい。はじめて部屋を見た時は、言われるまで北向きと気付かなかったくらい。
また、北側採光のよいところは、入ってくる光が基本的に反射光であるため、光が安定していて、光の色が白い(黄色くない)ことである。反射光であるというのは、太陽からの直射日光ではなく、空で空気中のなんらかに反射して届いている光ということ。
以前仕事で少し関わった画家の方のアトリエの窓はあえて北側窓からだけの採光であったし、やはり北側高窓だけの採光であった写真スタジオも目にしたことがある。
あえて北向きを選んだわけではないのですが、自分で白くペンキ塗装した部屋は、ときどきする写真撮影に丁度よい。
この部屋に届く北側からの光は、私の印象ではやわらかく、すがすがしく白い。
結構気に入ってます。
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昨日の“自分づきあいを大事にする”の補足。
自分づきあいを大事にする、とは
“自分に蓋をしない”
つまり、昨日使った言葉で言えば“自己(=本当の自分、本音の自分)”を見ないふりをしない、ということ。
“自己”を無いことにしない、ということ。この考え方からすると、“個人”とは、自分が思考してつくっているものであったり、自分のことを見る他人が形づくるものであったりするのかもしれない。
それから自分に蓋をしない、とは、自分の気になる(=気に入った)ものごとに
“うっとりする能力”
を発揮することでもあるとのこと。
つまり、自分の感情・感性を活性化しておくことなんでしょうか…。
うっとり能力に長けてるなあ、と思う友人の結婚式のこだわりの引き出物。イタリア製エキストラバージンオリーブオイル、京都老舗の亀の子たわしと美しい干菓子。
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金曜日に松下電工の汐留ミュージアムで「重森三玲の庭」 展を観たが、本日は京都の重森三玲庭園美術館に友人と訪れる。


もとは京大近くの吉田神社の社家鈴鹿家所有の邸宅であったものを、重森三玲氏が譲り受けたもので、庭園、茶室等は氏の設計。(元来からあった樹木なども一部残っている)
庭に足を踏み入れた瞬間に、とにかく庭の密度の濃さに衝撃を受けてしまう。
庭と書院の密度が6対4あるいは7対3くらいで、石とか砂利とか樹木とか庭の方がモノ密集率が高いくらいの印象、建物負けそう(笑)。それなりに背のある石がめいっぱい配置されているからか、敷地いっぱいいっぱいに“強い”モノが詰め込まれている感じ。
管理の方の解説で、石組みは通常の自然の石が形成されている状態とは異なって、堆積層の模様が垂直になるように、石が設置されていることを知る。(これが庭づくりの定石か?)
それで、ますます石の印象が強く感じるでしょう、今迄体験したことないような、強烈な密度の庭空間でした。


書院に取付けられていた灯りが、空間に対してあまりにもぴったりなので気になっていたら、この間のために三玲氏の友人であったイサム・ノグチがデザインした照明とのことでした。納得、納得。
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前々から、ずっとお付き合いできそうなコーヒーカップを探していましたが、やっとやっと見つかりました!
見つかったというより、それに決めたという方が正しいかもしれませんが…。
欲しかったコーヒー+ソーサーは、形がごくシンプルで、コーヒーが引き立つようにカップの中が白で、飲み口が薄めで(個人的には、薄いほうが味がしっかり感じられる気がします)、入るコーヒーの量が多すぎず少なすぎず、買い足しができるようなある程度定番商品のもの、そして高価すぎない(笑)もの。
ずっと候補だったものはiittala社のTeemaシリーズのcup&saucer。
この商品は、スタッキングもできるし、形もすごく好みだったのだけど、個人的に一つだけ躊躇していたのは、カップが少し大きめであること。
私は大のコーヒー好きなので飲めてしまう量だけど、普通の人がみたら、少し多めかなと思う量ではないだろうか。
でもそれ以上気に入るものが見つからず、どうしようかずっと考えていたのだけど、つい最近白山陶器のコーヒーカップを天保山のサントリーミュージアムショップでみかけ、「うん、これ!」と思わずその場で買いそうになってしまった。大きさも理想的だし、形もごくシンプルで、絶妙の安定感のある形が何ともかわいらしい。思わず手にとりたくなるようなボリュームをしてます。
でも、購入を思いとどまったのは、カップをスタッキングできなかったため。
それから何週間か迷い、周囲のこだわり人に訊いてみたりしたけど、結局これが自分には合いそうな気がして、まず白山陶器からカタログを取り寄せました。それが届いたのは、今週始め。カタログの大きな写真で再度カップの感じを確認して、このM型コーヒーカップにを決めました!
来年始めに何客か購入しようと思います。
これで朝のコーヒーがもっと豊かになるかなあ…。

私は不勉強で知りませんでしたが、このM型コーヒーカップは著名なデザイナー森正洋によってデザイン、1973年のグッドデザイン賞を受賞しているものでした。ちょうど今年復刻商品として再販売されることになったようです。色は白と青、2色あり。白を購入の予定。
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今週はじめ、ひさびさに実家近くにある豊田美術館にいってきました。
この美術館は地方都市の豊田には不釣り合いにも思えるようなりっぱな美術館(NYのMOMA増改築の設計を手掛けた建築家の設計による)。でも、これが出来たおかげで帰省する楽しみが出来たという感じです。
見たのはGARDENSという企画展。
10人くらいのアーティストがそれぞれの「庭」を展示しているのだけど、植物をまったく使わず表現しているものも多々あるし、表現は本当にさまざま!
でも、「秘密の庭」という“くくり”と聞くと、すんなり受け入れることができたから不思議。
きっと“庭”という言葉に魔法が隠されていますね。そこに“秘密”がつくと、きわめて狭い(プライベートな?)ものになって、とても面白い。
ちなみに一番気に入ったのは、エルネスト・ネトというアーティストの「生命の始まりのための小さなスープの要素」。私は“テントもの”に弱いので、この庭の中ですっかり寛いでしまいました。ふわふわした踏みごこちのテントの中はラベンダーの香りが漂い、内蔵のようなパーツ散らばってます。
今回の展示をみて、私自身が“庭”というイメージにかなり含みをもたせていることを発見、新鮮な気持ちになりました。
巻頭の写真はGARDENS展の作品の一つ。
造花の花に蜘蛛が巣を張っていたのが(ちょっとわかりにくいかもしれません)、面白かった。蜘蛛にとっては、本物の花だろうと、造花だろうと関係ないのでしょうが(笑)。
下の写真は全体画像。即物的なのが、ファンタジー…?
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今、イベントのパンフレットのデザインの仕事をしている。
つい1ヶ月前にそのイベントのチラシをつくり、今度は同じコンセプトで当日のパンフレットの制作。
コンセプトはおなじだし、データも同じものを使えばいい、と考えていたのだが、前のチラシは 見開きA3で1枚、今回は見開きA4で冊子状。出来上がりの紙の大きさが異なるというだけで、こんなにレイアウトに時間がかかるとは…、というか時間が読めない!一からレイアウトしていうような感じ。
紙の大きさが違うだけで、こんなに見え方がかわるとは奥深い…などと言ってる場合じゃない…、今夜中ですが、まだ出来上がっていません、ツカレタ。
前のチラシと今回のパンフレットで表紙と裏表紙に使う画像。イチョウと松葉。京都御所で撮影。(チラシは既に配布されています。)

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昨年の夏なんですが、栃木県の益子にあるSTARNETに知人の展覧会を観に行きました。
ここには素敵なショップ、美味しいものが食べられるカフェ、Zoneというギャラリー等に使われるスペースがあります。関東の方ならご存じかもしれないですね。
この展覧会にいった目的は、風灯をみること。
風灯とは?詳しくは→コチラへ

この日の夜はよく風が吹いて、風灯がよく灯りました。
ところで、このZoneというギャラリーの建物、古民家の骨組み(解体したもの)をベースにして、新築したものだそう。京都の建築家の方が設計とのこと、デザインも素敵ですが、使っているオーナーの方の美意識も強く感じました。
どの空間も美しい!すがすがしい!とにかく気持ちがいい!
後で展覧会をした知人から聞いた話ですが、毎朝ここの建物をスタッフ全員で隅々まで掃除をするそうです。今思い出してみても、チリひとつ落ちてない感じでした。ギャラリーは土足で上がる場所なのにもかかわらず。
トップライトから降りそそぐ光も重要ですが、それに照らされてる空間がキレイでなければ、こんなにすがすがしく感じないかもしれません。
その「掃除を皆で行う」というのもいいなと思います。建物やモノを丁寧にメンテナンスしつつ大切に使っていると、目に見えるものとして現れてくるような気がします。(身近なところでいうと、オイルで仕上げをされた木製の家具、天然木のフローリングとか、塗りの壁とか…。)
単純に「丁寧にお掃除する」ていうこと、空間自体のデザインよりも大事かも(笑)。

ギャラリーとして使われていたスペースの前庭も素敵でした。大谷石が敷き詰められていました。確かこの石も古材だと聞いた気がします。
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para mujeres(パラ・ムヘーレス)的に紹介したいチャーミングな空間、これから度々アップします。これらの記事が、住んでいる部屋のインテリアの参考になったり、将来暮らす住まいのデザインのヒントになれば、と思います。
ビシッと決まってるデザインも好きなんですが、性格でしょうか、ちょっとヘンテコだったり、ユーモラスな空間についつい目がいってしまう私。今日は、おもちゃ箱をひっくり返したようにユニークなスペイン・バルセロナのお店のインテリアを紹介。
ここは「Air Shop」というお店。さまざまな形のオリジナル・バルーンを販売しています。このお店の得意技は、バルーンの中に、いろんな素材を仕込むことができること。お客さんが入れたいものを持参して、バルーンに入れる、というサービスもしている。(特注の場合は3日くらい時間が必要といってました。)
私がいいなとおもったものは、20センチ四方の透明クッション状ものに、写真を封じ込めていたもの。バルーンはまさにフォト・フレーム。プレゼントなんかにいいなあ、と思いました。
画像の下の方に、透明なバルーンに入れられた、ワインボトルがありますね。バルーンを切らないと、飲めないですよねー(笑)。これもプレゼント用、あるいは記念用ですね。
このお店の空間で面白いと思うのは、ふわふわ軽く、つるつる、カラフルなバルーンと、コンクリートのような吹き付け(?)・レンガの重量感があって、ごつごつ、モノトーンのような押さえた色彩の内装、という対照です。
それでどちらの素材(バルーンと内装)も活きています。甘さとクールさがあります。
店は大きく2室にわかれていたのですが、入り口のスペース(ピンクのバルーンのある方)は暗めのライティングで雰囲気をつくって通り行く人の目をキャッチし、もう一方(奥)は通常の明るさで商品を確実に見せる、という工夫もされていました。
ピンクの丸いバルーンは内部に照明が仕込んであったように思います。こんな風にすると、バルーンというよりピンクの光の球、という感じ見えますね。
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