2007.06.12

同じ地平線でつながってる

お客さんとの打合せからもどって一息ついたところで、昨日は昼と夜、それぞれ別の友達ととても長く話して楽しかったし、リラックスしたのを思い出す。
どちらの友達も、仕事からプライベート、あっちこっち駆け巡りながらも、話は止まんないのです。
どっちかというと両方の話題を行き来するというより、仕事とプライベートが同じ地平線でつながっているという感じ。…それって、彼女達が天職をみつけているということだろうか???

それにしても、そんな彼女達の話は、幾ら聞いても飽きないんだな。仕事のことをいつも自然と考えていて、深く掘り下げていて、引出しから、いくらでも話が出てくるのでした。
かといって、プライベートが全く無いというわけではなく、バランスがとれてる彼女達。
見習うとこ、たくさんあるなあ…。

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2007.06.10

ちょっとした気付き

今日は、テキスタイル雑貨の撮影でした。
商品のカラーが控え目だったので、少し小道具を添えても商品だけ撮るとなんだか物足りないなと思っていたのだけど、モデルさん(素人さん)に、持ってもらって撮影を始めたら、とたんに商品が活きてきたからびっくりしました。
頭の中ではそういうモノがあるというのは把握していたけど、感覚で感じるのは、ひさしぶり?
これって新鮮!とおもったのだけど、最近近しいもので、そういう感覚を覚えたのを今思い出しました。
それは、建物や街の写真も人が写っていた方が、私としてはしっくりくる、とういこと。
昨日はそれで、メキシコのどの写真をアップするか、さんざん悩んだのでした。

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2007.06.08

カウントしてみる

手づくり靴をつくる友人の少し前の日記で、
“靴に刻印している通し番号が、今日500を越えました!#502に。”
とあった。自分以外の人のために作り始めカウントして、8年弱とのこと。
500足!!!
すごいなあ〜と、思って読んだあと、昼ご飯を作り始める。

料理してる最中に、“自分も番号うってみたらいいじゃん!”と思いつく。前にチャレンジオフィスの経営相談でキャリアカウンセラーの方に、今年1年は実績づくり(作品づくり)するのがいいのでは、とアドバイスされたのを思い出して。

仕事のものでも、普段のものでも、昔のものでも、自分がいいと思えるように作った写真は、ナンバーをうっていってみよう。まず001は昨年撮影させてもらった、カンナ掛けのもの↑。ものづくりする人シリーズ。(これには人写ってないですけど 笑。)

そういえば、近しい友人は自分が制作したちっちゃい巾着にナンバーをつけている。というか、ナンバーで呼んでいる。この友人とこの前、“つくることは、考えること”という話になった。
たくさんつくって(撮って)、たくさん考えよう。

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2007.06.07

本日の打合せ

今日は、ファッション雑貨をデザインし、みずから販売する女性起業家の方との打合せに出掛ける。
今回の私の仕事は、彼女の商品のイメージ写真を撮ることで、その下打ち合わせのためにオフィスを訪ねた。そして撮影予定のものの打合せの途中に、まだ具体的に商品化をしていない彼女がデザインした素敵なテキスタイルなども見せてもらった。

本来“布”というものが好きで、その布で何をつくったらいいとか考えるのも、とっても好き。そんなんで、写真の打合せを一時中断、それで何をつくったら売れるかという話で盛り上がる。私は全く消費者の立場で。
和のデザインがベースのポップな色使いの布だったので、簡単なところから、風呂敷とか、クッションカバーがいいかもなどという話がでて…とっても楽しかった。

こういう前向きな話を一緒にする時間ってとってもいい。次の本番撮影にむけていい雰囲気になったと思う。
そして素敵なモノや人に出会うことって、本当に仕事(つくること)の推進力になる!
あとは、当日天気がよいことを祈るのみ!

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2007.06.05

プロダクティブからの距離

今日、LW(リビングワールド)のサイトを久しぶりに訪れたら、はっとした文章があった。
センスウェアというエッセーで。


昨年末にこのLWの方の講義を受けたときの、

“何かモノをつくることを前提に考えているデザイナーより、
まずモノをつくることが必要かどうかから考えているデザイナーの方が、良い仕事をしている”

という言葉を思い出すが、このエッセーでは、

“プロダクティブであることと、
クリエイティブであることとは、まったく異なることだと思う”

さらには、

“夕陽にこころを奪われている人はなにもつくっていない。
けど、その内面は十分に創造的なのでは?”

と、語られている。

これを読んで気付いたのは、最近カメラという道具を手にすることによって、建築設計だけをやっていたときに気にかかっていたことから、少し開放されバランスがとりやすくなったということ。(あくまで私自身のケースです。)
私にとって写真を撮るということは、プロダクティブよりは、少し軽い。そしてそれは、コミュニケーションの道具ともなり、そのこと自体を求められることもあるのだ。

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NHK京都で妊娠期〜産後1年の女性とパートナーを支援するキュリカが取り上げられます

Photobook_1
同じチャレンジオフィスに入居する有限会社 キュア リンク ケア( 通称キュリカ )が、6月7日(木)6:10〜のNHK京都の番組「ニュース610 京いちにち」で取り上げられます。
タイトルは『京の経済 最前線』出産女性支援ビジネス
放映時間(何分間か)は、把握できていませんが…。

2年前のチャレンジオフィス創立当時に一度取材を受けており、今回は、キュリカの産前産後のサポートをつづっているともいえる小さなフォトブック「こうして あなたが うまれました」が出来たのがきっかけで、再度取材依頼があったとのこと。キュリカ社長、そしてキュリカのサポートを受けた家族へのインタビュー等で構成されている。先週取材があったのですが、チャレンジオフィスの様子もちょっぴり撮影されました。

キュリカ社長への取材をみていて感じたのは、事業の内容そして事業への思いを、短時間で的確に伝えるのは、簡単なものではないということ。特にベンチャーの場合、既存に存在する事業形態でない場合が多い。皆が知らない新しいものを、正確に伝えるということは、なかなか難しい。でも、今回は事例あっての事業紹介なので、視聴者には把握しやすいものになっているのではないかと期待している。
看護職による妊婦さんの産前・産後のサポートに興味のある方は、是非番組をご覧下さい。

それから、キュリカのサポートは、決してフォトブックをつくることが目的ではないのだけど、本というメディアの強さをも感じる。ネット社会で情報が溢れかえっているからこそ、出版の意味が強くなってきているのだろう。
今回のキュリカのフォトブック制作のお手伝い(写真撮影および編集)を、こんな展開になるとは思いもせず引き受けたparammmですが、私の出来ることが応援したい彼女の事業に役にたってよかったと、本当に嬉しいです。

参考までに。このparammmの起業ブログにフォトブックが出来上がった当時のことを書いています。↓
「赤ちゃんとお母さん・お父さんのフォトブックできました」

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2007.06.03

あるリスト

学生時代の終わりに出会ったLuis Barragan(ルイス・バラガン)の作品集の巻末近くにバラガンと交流のあったSheila Hicks(シーラ・ヒックス)によるエッセーが載せられている。

…I am reminded of the notebooks I kept with the lists of places Barragan advised me to visit,and to embrace Mexico with its glorious history:
ACOLMAN and ACTOPAN with Augustinian convents,YANNUITLAN and TLACOLULA (Oaxaca),TONANTZINTLAN (Santa Maria Church),CHOLULA Franciscan convent,OCOTLAN (TLAXACALA),CALPAN and HUEJOTZINGO (PUEBLO)with Franciscan convents,TEPOTZOTLAN a Dominican convent,and of course TAXCO's Santa Prisca and San Sebastastian Churches. TEHUILOTEPEC was nearby in Guerrero as was TECALPULCO's abandoned cathedral on the hillside within view of the HACIENDA SAN JUAN BAUTISTA.

…私は、バラガンが訪問するように勧めてくれた場所のリストを書いたノートがあるのを思い出した。(上記地名なので略)…彼はそれらから、輝かしき歴史をもつメキシコを手中にせよというのだった。
(出典 ルイス・バラガンの建築、TOTO出版)


メキシコ滞在時に、このリストを頼りに何カ所か訪れてみた。
メキシコの遺跡は、修道院も含めて地方の小さな街にあるものでもパンフレットがちゃんと存在して観光地としてかなり整備されており、Lonly Planet Mexico やMichelin Green Guide Mexicoに照らし合わせたり、その街のツーリスト・インフォメーションへいくと、ほとんどコレと思われるものを把握することができた。また、メキシコはバス交通がとても発達していて、どんな小さな村でも乗り合いバス(一番小さいバスはフォルクス・ワーゲンのバン)を乗り継いで行くことによって、リーズナブルに移動でき、ほとんど歩いてる人をみかけないような街の修道院でも訪れることができた。

極めて私的な視点であるけど、それらの場所の写真を少しづつアップしていこうと思います。街の風景などもはさみながら。画像は、35ミリ一眼レフカメラ、モノクロフィルムで撮影したものを、デジタルデータに落としたものです。


Yanhuitlan、修道院のアプローチ。
 Mexyanhuitlan010014












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2007.06.02

矛盾のない仕事

このブログでよくとりあげる“自分の仕事をつくる”という本で、

矛盾を感じさせない仕事

という言葉が登場する。
ここでは、東京で天然酵母をつかったパンづくりをする方へのインタビューが載っている。

「…(パンづくりは)ごく気軽にはじめたんですが、この仕事はそれまで経験した仕事に比べて矛盾がなかったんです。(中略)そのパンは、自分でつくっていても気持ちいいし、人にもすごく喜んでもらえる。素材だってカラダにいいものしか入っていない。とにかく全体的に矛盾が感じられなかったんです。…」

これを読んだ時、こういう仕事の仕方っていうのがあるんだなあ、と驚いたものだ。
経営的に成り立っていて、こんなふうに仕事している人って、いったいどのくらいいるのだろうか、ごく少ないのではないかと。

でも、先日茅葺きの現場をみて、そして茅葺き職人さんのつづるブログをよんで、こちらの茅葺き職人さんたちは、この“矛盾を感じさせない仕事”に近いものをしているのではないかと、感じました。
材料となる茅場の手入れをし、刈り入れ、そしてストックをし、その上で屋根に茅を葺く。葺かれた茅は、年月とともに風化して、やがては土に還っていく。
屋根を葺くところだけを見ていると、他の建設現場と別段異なったものにも思えないかもしれませんが、大きなサイクルでみると、かなり違ってくる。接着剤を使わない土壁がいつでも土に戻るのと、似ています。

「茅を葺くとは農業の一環に近いですね。」
という感想を茅葺き職人さんに伝えたら、

「茅葺き職人というよりも百姓が屋根を葺いている、そういった感じです。」
という言葉を貰いました。

矛盾のない仕事って、大きなサイクルがごく自然もののことを言うのだろうな。
環境に関わることに限らず、人との繋がりなども含めて。

フェアトレードをする会社に勤める私の友人は、会社のあり方や、モノのあり方・流れ・売り方等々、自分や社会にとって矛盾がないかということに対して感覚を鋭敏にしていて、よくその話をしてくれる。
私はそこまで広い視界は無いけど、デザインするという行為(写真を撮る〜空間をつくる)によって、人との出会いや繋がりをHappyにできたら、私にとっての矛盾のない状態だろうなと思う。



Miyamakitamura
それとは知らずに撮っていましたが、この先端がチョンマゲのようなものは、茅束のようです。
こうやって立てて、乾燥するそうです。今年2月下旬、美山町の北村という集落にて。

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2007.05.28

ものづくりする人

先週末茅葺き現場に行った時に、茅葺きについて知らないことばかりなのに、自分でも不思議なほど、あまり質問をしなかった。職人さんに何でも聞いていいと言われたにも関わらず。
そのあとなぜかと考えていたのだけど、それに今日気がついた。

私は茅葺き作業の行程を撮ることより、茅葺きをしている人を撮ることが、面白いと思ったのだ。
だから、知りたいことはたくさんあったけど、現場にいったら撮ることばかり考えていた。
あと、茅葺きの素材感がとにかく気持ちよくて、ほうけていたというのもあるかもしれませんが。(笑)

以前、かんながけの様子を撮ったときも、すごく面白かったのを思い出しました。
ものをつくっている時は、人が神経を研ぎすますとき。
だから撮るのが、面白いのかもしれません。



+
昼ご飯の後、職人さんたちは、皆刃物をを研いで午後からの仕事の準備をしていました。茅の断面を潰さずシャープに切るよう、刃を常に鋭利にしておくとのことです。Kayabuki_0077


 

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茅葺き屋根の上

Katabuki_0132
軒先下を切りそろえている風景。大きな剪定ばさみのような刃物を使用。


前の日記でも書いた通り、昨日は茅葺き現場を見学。
とても良く晴れたので屋根付近は暑いかと思いきや、風がちょうどよく吹いて、屋根足場の上はとても気持ちよかった。さくさくした茅葺き面に倒れ込みたくなるくらい(笑)。でも写真でふかふかに見える茅葺きは、実際は結構シャープな堅さに思えたので、そうしませんでしたが…。


この日は、茅を切りそろえて形をだし、いよいよ仕上げるという工程。この日の職人さんは4人。見学したときは、軒先を揃えるチームと、屋根面を切り整えるチームに別れて作業していました。

秩序だててでは無いですが、幾つかの作業を写真に納めました。
Kayabuki_0124
ピンクの糸は、軒先ラインのガイド。右半分は、これから切りそろえられていきます。

Kayabuki_0058
切り揃えたあとは、へらのような道具で、叩いて面を揃えています。


Kayabuki_0044
剪定ばさみのような刃物で、屋根上面も形をつくっていきます。


Kayabuki_0040

Kayabuki_0095
剪定しながら、時々屋根のデザインをチェック。
今回の屋根面は、僅かにむくった感じのデザインにしているとのこと。

Kayabuki_0133
適宜、切った茅を掃いて落とします。落とした後は軒先裏と同じように、巨大ヘラで、屋根面をたたいて茅を押し込み面を整えていました。

Kayabuki_0141
各種道具。私には使い方が判らない道具もあります。(後で調べてみます。)
これらの道具は、だいたいは手づくりするのだそうです。売ってないものが多いとのこと。

この日は、茅葺きの親方から、茅葺きの可能性について話を聞き、かなり現代的な素材・工法なんじゃないかと思いました(本気)。
茅葺屋親方のブログでもう少し勉強してから、またコメントします。↓
茅葺き職人のブログ http://www.kayabuki-ya.net/notebook/index.html

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2007.05.27

自力改装の効果と鞍馬口ん家

ご近所の町家・鞍馬口ん家(くらまぐちんち)でシェアハウスしている友人がいる。
古くなっていた町家を借りて、自分たちの手で改装し住んでいる。住まい1階は共有スペース、時々ギャラリーや日本酒を皆で楽しむスペースとなる。最近その友人から聞いて面白かった事。

(彼は、他の自主改装している人たちのケースも良く知っている。)
「同じシェアハウスでも、単純にシェアしている場合と、自分の手で改装した上で同じ屋根の下に住むのでは、少し違った傾向がある。
単純にシェアしている場合は、主になった借りた人以外の住人は、(一般的に)あまり家に愛着を持たないが、
一緒に皆で手を動かして改装した場合は、誰が主になって借りているとかは関係なく、住人みんなが“自分のすまい”という愛着を感じている。」

よく使う道具とか、家具とか、革製品とか、メンテナンスが必要なものは、使えば使うほど愛着を感じるもの。
それと同じように、古い家の改装はメンテナンスにあたる。
モノや家には必ずメンテナンスが必要というのは、昨今では忘れられてる感覚。
時代に求められてるスピードというのは、少し罪だなと思う。


その鞍馬口ん家は、5/19〜6/17まで開催の楽町楽家というイベントに参加しています。期間中、常設展示およびイベントが開催されます。
楽町楽家・最終日 6/17(日)には、“日本酒Bar鞍馬口んち2007夏 奥播磨試飲会”があります。
この時期、夕暮れ時に町家で飲むお酒は、美味しいだろうな。
鞍馬口ん家 への問い合わせ kuramaguchinchi@yahoo.co.jp


鞍馬口ん家で開催のイベント・インフォメーション↓(拡大すると読めます。)


Kuramaguchinchi




 

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2007.05.26

人をつくる

今日は友人と茅葺きの現場を見学をしてきました。
現場まで行く道中、友人から聞いた言葉で覚えていたいことがあったのでメモ。


“いいモノをつくるものいいけど、自分は、いいモノがわかる人をつくりたい。”

“そうしたら、世の中はいいモノがきちんと残っていく、と思う。”


言われてみれば、“モノ”よりモノを使う“人”の方が、重要。
人を育てるって、並大抵じゃないけど。
これを聞いて私が思ったのは、いい仕事をするには、いい人に出会う必要がある、ということ。
まとめ過ぎかな(笑)?


+
茅葺きの現場を見学してきました。
山あいの小さな集落にある茅葺き家屋、茶祖・永谷宗円の生家。
(永谷宗円とは、茶や玉露の製法の基礎となる、青製煎茶法(宇治製法)を編み出し、煎茶を発明した人物だそうです。)

Kayabuki_0082





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2007.05.24

メキシコ滞在時のワーク

1995-96に、建築家Luis Barragan(ルイス・バラガン)の作品とその背景を訪ねて、メキシコに半年間滞在。
フィルムにして約60本程度。ぼちぼちアップしていきたいと思います。

メキシコ画像まとめて観たい時はコチラ

Mex_050045

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2007.05.23

久しぶりの東京滞在

先週末から出張していて、昨夜京都に戻ってきました。

東京・神楽坂に25日にオープンする京の伝統工芸セレクトショップ
“京もん” http://www.kyo-mon.com

の写真撮影に行ってました。

今回の東京滞在では、ずっと友人宅に宿泊。
夜帰るとたいてい友人夫妻と4歳になる娘さんが迎えてくれて、家族にいる家に帰って来た気分。
近況報告したり、他愛もないことを話たり、本当にリラックス。

友人は大学時代の授業・サークル、そして社会人になってからも良くつき合っていて、おまけに同業者(元デザイナー)、ちょっと話せばだいたい言いたいことは通じてしまうような相手で、ものづくりのことなんかも相談したりした。
彼女は今はデザイナーをしていないが、だからこそ、なのか一歩引いた目線で大きく物事を見れているように思った。そんな視点で私の迷ってることについて、率直に色々アドバイスしてくれて、かなり気分落ち着いたのだ。

一つはモノづくりのスピードや要領について。
彼女と話していて、私は大学時代、設計の課題に人より時間をかけないと、人並みに仕上がらないことを思い出す。人より時間をかけるのが、当たり前だったことを思い出したのでした。

要領の良い人は、とても羨ましいけど、自分は全然そういうタイプでないので、それを基準に考える必要がないということ。
そして、締め切りはもちろんあるのだけど、それまでどのくらい時間をかけるか、それは自分の納得のいくようにすればいいということ。

これを確認しただけで、本当にほっとした。
ほっとしたところで、ものづくりの自分ルールをもう一度考えてみる必要あり、です。

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2007.05.17

作ってよいのです

今日は友達の家で、和菓子をつくりながら、近況報告。
友達からは、とってもハッピーなニュース。というか、かなり重大な発見!

“自分のために、モノつくっていいということに気付いた。”

とのことだった。

前にその友達は、“自分はゴミをつくりたくない”と世の中に本当に必要なものをデザインしたいといっていた。
でも最近、ある本のゴッホについて書かれた文章を読んで、自分の作ったものが実際に良く使えるとかは置いといて、とりあえず気持ちの趣くままに、つくってもよいと、心底思ったとのことだった。

なんだか面白いもので、“(私が)このヒトには、ものづくりをしてほしい”という人が、やる気満々で、エネルギーがみなぎってる状態は、私も自然と“つくる”っていう力が湧いてくるのです。
大事な人がそういう状態にいるのは、本当に喜ばしいことだな。

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2007.05.16

ひとり旅の春京都・美山さぷり_その1

Miyamakitamura0406
美山町の北村という集落にて。


先週末は友人の旅行会社チェルカトラベルが主催する「春京都・美山さぷり日帰り旅」に参加する。

春京都・美山さぷり日帰り旅 
〜京都・美山で気軽に【女性旅】してみませんか?〜 少人数制なのでゆったりです
(春の旅は終了しました)

春に彼女に写真係で同行した時はまだ春先だったので、今回新緑の風景は、また新鮮。
今日はお天気もよく、茅葺きの集落には爽やかないい風が吹いていて、肌に心地よかった。
そして今回の旅で面白いなと思ったのは、スタッフをのぞく参加者13名のうち、女性ひとりの参加者も数名あったということ。ひとりで旅に出掛けると、気のむくまま自由に行動できるし、また新しい出会いもあり、友人と出掛けるのとは違った旅になることも。今日は私もお客さんとしてひとり参加したので(スタッフは知人であるが)、一人参加の女性何人かと新しい出会いがあり、新鮮な1日となりました。

Miyamakitamura0429
この集落に来るのは、3度目ですが、このちいさな藍美術館は初めて訪れました。
Miyamakitamura0433
展示方法等、なかなかユニークでした。
Miyamakitajima0443

Miyamakitajima0425
背後の山には、杉に高く絡まってる藤が。

Miyamakimura0397
その日のお昼は、茅葺き民宿“木むら”にて。写真の旬の素材をつかったお料理、いろりで焼いたあまご(奥)、写真には写ってないですが、地鶏の鍋と、蕨のとろろがけ。
素材の風味を充分活かしたお料理でした。地鶏鍋以外どれもうす味で、みんな美味しかったけど、個人的には、さといもの素揚げが一番気に入りました。シンプルに白いごはんも美味しかったなあ。

その2に続く。

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2007.05.12

ちょっと撮影メモ

おとといは、錦市場ちかくの食べ物屋さんで、店の風景や料理を撮影した。

この日は、最近使い始めた新しいレンズを使う。単焦点(ズームなし)で、F1.4というとても明るいレンズ。
人を入れてその場の雰囲気を撮るという場合には、自分の位置どりさえ決めてしまえば、かえってズーム機能がないほうが、潔く構図を決めれていい瞬間を捉えられるように思う。
人と人とのいい瞬間を撮るって、本当に難しいなあと思うのだけど、あまり構えずに、とにかくシャッター切っていると、だんだん自分が乗ってくるというか、そこの場所での納めるべき瞬間がつかめてくるように、最近思ってる。

そして、お料理。
日本のお料理で、色が繊細だし、調理であまり油やみりんを使ってないものは艶も少ない。
素材の微妙な色と透明感、艶、影が強すぎない立体感を表現するのが大事かなと思う。

それから、お料理をその場で実際に食べるときは、お料理の香りとか、温かさとか、お店の賑わいとか、視覚的な情報以外にも、美味しさを感じさせてくれるものがある。でも、写真にそれら全部を納めることは難しいから、そのあたりも補ってくれるよう、視覚だけでパンチを与えるくらいに撮る必要があるなあと、改めて思う。


Nishiki0105
その日の歩いた錦市場。平日だというのに、とっても人が多かった。いつ行っても、ここの通りは、美味しそうで、盛りつけなんかもキレイなところが多くて、いつも目移りしてしまいます。


 
 

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2007.05.10

宿題_Dialog in the Dark

先月のことになるが、学生に簡単な宿題(調べもの)をだした。
まだ授業の空き時間がないので、学生からの感想は聞いてないが、

“2005年グッドデザインのユニバーサル賞を受賞したDialog in the Dark(ダイアログ・イン・ザ・ダーク)について調べてきてください。”

というもの。
2005年のもので、世界、そして全国各地で開催されたようなので、ご存知の方もいると思いますが、
ダイアログ・イン・ザ・ダークのユニーバーサル賞についての詳細はコチラ
ダイアログ・イン・ザ・ダーク(日本)のホームページはコチラ


これらのサイトでは、真暗闇の中での体験について、あたりまえながら詳細な記事は載せてないので、学生は、ネットで検索して実際に体験した人のコメントを探すことになる。よって得られるものは、あくまで他人の感想を通した推測にはなるが、
開発したデザイナーがダイアログ・イン・ザ・ダークの意図として

五感の再生
新しいコミュニケーションデザイン

と、あげているように、
私の意図としては、日々の生活では、五感の中で視覚という感覚の比重が高いのは否めない、この体験では“眼が見えないというとこは、どういうことか”という観点でなく、“視覚以外の感覚を、充分に働かせた世界とは、どんなものか”という視点をもつ機会になれば、というもの。
それがユニバーサルデザインというものへの理解につながり、視能訓練士という視覚にまつわる仕事につく彼らに、視覚が不自由な人の他の感覚器についても、興味を持つきっかけになってくれればと思っている。


余談ですが。
ダイアログ・イン・ザ・ダークは体験していないけど、自身の真っ暗闇体験を思い出してみる。

養老天命反転地切り閉じの間(だったと思う)
信州善光寺お戒壇巡り
スキューバダイビングのナイトダイビング体験。

特にナイトダイビングは印象に残っている。
その時はうっかり皆からはぐれて迷子なって、暗闇の海中に一人でいるという体験をした。
本当にどうしようもなくなったら海面にあがって船を探せばいいので、さほど心配はしないで(だったと思う、他の人が心配するが)、手持ちの水中ライトを消して真っ暗闇を体験してみた。
自分の吐く息の音はするし、体は水のゆらぎを感じているけど、重力を感じず、自分の手元さえ見えない状況というのは、とても面白かった。

五感をすべて閉じられたとしても、“自分の存在というのは、意識だけで成り立つのでは”と感じた体験でした。

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2007.05.08

和、倭

先日、京の表現塾のホームページの画像のために、お題(笑)をもらった。
「和のイメージ画像を用意してください。(風景とか)」

前に撮影したものでもよいということなので、
手持ちのもので何かあるだろうと思っていたんだけど、あらためて  

「和って???」

と、思ってしまった。ネット辞書で調べてみたら、和とは、倭とも書くとのこと、知らなかった。
辞書によれば、「中国・朝鮮で用いられた日本の古称。また、日本の自称。」、日本そのもののこと。

私に求められてるものは、和といっても、京都のものだろう。
この前知人に、「京都の建築とは、数寄、(極端にいえば)インテリア」というようなことを聞いた。これは、主に奈良時代の建築に対してのコメントだけれど。表現塾のメンバーが、創り出しているものも、主にインテリアで使うものばかり、そうかと思って、その日はまず茶室や書院のあるお寺に出掛けることにした。

出掛けるまで、そしてお寺についてからも、自分の中の「和」とは何だろうと、ぐるぐる考える。
頭に浮かぶのは、京都に来たばかりのころに見倒した、お寺(堂、書院、茶室、庭)の数々と、そして月並みだけど、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」のイメージ。
生活に根付いた、きちんとした和って、案外知らないなあ、と気付く。
もっと京都探検しようと、と思う。

Daitokuji_tear0654
“和”といえば、真っ先に頭に浮かぶのは、障子を通した柔らかな光。
または、縁側などの軒下の空間。

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2007.05.06

京都、大徳寺近くの鯉ノボリ

Koinobori01
無くなった町家の間からのぞく鯉ノボリ。
ある意味、京都らしい風景。


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2007.05.04

頼まれもしないのにする仕事

Azumino
安曇野のちひろ美術館にて。クジラのような雲とちいさな女の子。


ごく最近知り合いのなった方の日記で、著名な建築家の言葉をみつける。

「頼まれもしないのに絵を描く仕事を一杯しておけば、見つけてくれる人がいる。
大事なのはやるからには手を掛けて徹底的にやる。
無駄になるかもしれないが、頭、手、足を懸命に動かして備えを怠らない。」


私が、この言葉に反応したのは、先日知人と会ったときに、

自分の会いたい人にもっと会いにいく必要がある

と、思ったのと同時に、その時に自分の仕事の何かを持参するべきだと、思ったから。その自分の仕事とは私の場合、過去仕事では量が少ないから、これから作る必要がある。

それから、この“頼まれもしないのにする仕事”という言葉は、このブログでよく登場する“自分の仕事をつくる”という本にも、取り上げられている。
その章の結びには、

…要は、仕事の起点がどこにあるか、にある。
私たちはなぜ、誰のために働くのか。そしてどう働くのか。
「頼まれもしないのにする仕事」には、そのヒントが含まれていると思う。


私が今日思ったのは、頼まれもしないのにする仕事とは、自分自身(あるいはその一部)であるのだろう、ということ。

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2007.05.03

昨日の覚え書き_自社のファン/杉本博司の展示

昨日は大阪で、経営者の知人に会い、彼女の最近の活動についていろいろ尋ねる。
活きた情報を、丁寧にそしてざっくばらんに聞かせてもらって、本当に勉強になった。
自社の顧客はどこに存在するか、そしてそこにどうアピールしていくか、などの話になる。自分の顧客が、大きな市場の中でピンポイントに存在する場合、どう営業していけばいいのだろうか、(多分永遠に)難しいテーマ。
経営者は誰もが判ってる方法の一つである、「自社のファンをつくること」については、怠らず地道にやっていこうというかんじの話になる。

ここでも、

“自社商品のファンをつくる”のか、

“自社のファンをつくる”のか、

という話題になる。
自社のファンとは、小さい会社の場合、“経営者”といったらいいだろうか。
顧客がどちらもファンになってくれれば、もちろん良いのだけど。

彼女からは、たくさんのお話しを聞き、私の方は写真を見せる。
もっともっと作品をつくる必要を感じる。建築写真は難しいとあらためて実感。


せっかく大阪に来たので、NMAOに寄って杉本博司の展示を観る。
点数は少な目だったけど、好きな“数学的形体”シリーズの現物をはじめて見たので、結構感激する。
数式を表現する(たぶん)石膏の立体は、巨大なサイズに引き延ばされ、質感はしっかり描写されて存在感は充分なのに、あまり立体感を感じないのが面白い。
展示空間も、ほの暗くたっぷりとした空間に、静かに置かれていて、気持ちよかったです。

ついでにベルギー王立美術館展も観る。(本当こちらの方がメインの企画展です。)最近“オランダの光”というDVDを観てオランダの光、オランダの空が見たい、もしかして今回それに近いものが見られるかな、と期待していたのだけど、そういう空や光は無かったように思う。残念。今回の作家は、オランダの湖畔から遠いところで描いていた人達だったのだろうな。


Works05様々なる祖型 杉本博司 新収蔵作品展
070407-070624  NMAO国立国際美術館












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2007.05.01

“余はく”の京の表現塾

Yohaku0017

parammmが写真撮影のお手伝いをしている京の表現塾が住生活情報マガジン“余はく”の創刊号の特集に掲載されました。

特集のタイトルは
京都の美に遊ぶ
伝統技術を活かした、新たな挑戦が京都から始まってます。
匠の技が創り出す「美」を、心の余白に取り入れてみては…。

と、いうもの。


京の表現塾(サロン)は、各工芸の組合青年部を横断的にまとめた京都最大の工芸組織。現在の構成は、京うちわ、絞り染め鍛金・彫金くみひも、表具、砥石、扇子、金襴裂地、和本、木工藝、陶芸等々。高い技術をもち、京都工芸のブランドとして守るべき一線は守りながら、現代生活に活きるものとして、使う人(消費者)を念頭に置いたものづくりし、手元に届けたいとしている。
直近の活動は、著名なテーブルディネーターの方を迎えて新宿伊勢丹での催事「日本の意匠 和のこころ」でした。予定では、5月中には、京の表現塾HPもアップされます。

今回この冊子に掲載された京の表現塾の写真は、表紙を含め全てparammmが撮影しました。
Yohaku02

Yogaku03



 

    


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2007.04.28

美山町茅葺き家屋にての陶芸家・作品展DM

Smano_yululi


上は、美山町の素敵な茅葺き家屋にての、陶芸家・梅棹マヤオ氏の作品展のDM。
デザインはStudio Mano、写真はparammmによるものです。

Studio Mano(スタジオ・マーノ)  
http://www.studiomano.com/

陶芸家・梅棹マヤオ氏のスタジオ、studio fire and fibre   
 http://www.umesao.com/

作品展会場の厨房ゆるり。 
http://youluly.umesao.com/
茅葺き家屋の素敵な空間です。美山の旬のお料理も楽しめます。↓

Miyamayululi0403

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2007.04.24

仕事のカテゴリー

“自分の仕事をつくる”
という本は、ふと本をひらいて拾い読みするたびに、“なるほどー”と思う言葉がつまってるな、と思う本。
自分で仕事をはじめてから特に。


今日ひっかかった言葉は、ヨーガンレールという著名なデザイナーの言葉。(インタビュー中のもの)

「自分の職業が何であるか、そういうことはあまり気にしません。
私は、モノをつくってるというだけでいいです(笑)。」

というもの。
いいなあと思う、けど、仕事って従来のカテゴリーにはまってるほうが、
何をやっている人かわかりやすいし、お客さんも、それに対する報酬も払いやすい。

つくる時は、この言葉のようにつくりたい。本来は、カテゴリーありきで、ものづくりを始めるわけではないし。
でもそれで報酬を得るなら、つくるものが、ある程度ほかの人にもわかりやすくて、だれかに必要とされないと。
最近、空間づくりと写真を撮ること両者について、考えてます。

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ものづくりは気持ちのカタチ_その2

今日は書きたいことが幾つかあるけど、まずは前に書いた“ものづくりは気持ちのカタチ”のこと。

先週日曜日の友人宅でのお酒を飲む会が、持ち寄りだったので私も二品ほど作っていってみた。
“自分の食べたいもの”を。
だって、自分が食べたくなければ、他の人にとっても美味しいものにならない気がするんです(笑)。

基本的に日本酒のお伴の予定だったので、作ったのは、イワシの梅干し煮と、青豆ごはんのおにぎり。
イワシの梅干し煮は実家にいたときからの好物。(母のはショウガ入り)圧力鍋で炊いて、骨ごと食べれるように。
青豆ごはんは、最近食べたかったので。
塩と酒で、お米と炊きました。おにぎりの中身は、お豆とぶつかんない程度、と思って、昆布とシャケの2種。
あと、青菜のゆでて花かつおをかけたもの。お醤油かけて、とその場でいうのを忘れてしまった(笑)
私のは、こんな感じ。

この日は、他の友人の持ち寄りと、その場で料理してもらったもので、テーブルがいっぱいになって、だいたいで決めた宴なのに豪華になった。別に集まりのテーマは何もなかったけど、美味しい料理と、肩のこらないお喋りで、リラックスした休日の夜となりました。ちなみに、先の記事にかいた、モノをちゃっちゃとつくる友人は蒸しパンをつくってきてました!
…いいなあ、蒸しパンをさっさと作れるなんて…。

今日になって、一緒にいった友人から、
「鰯の梅煮もおにぎりも美味しかったです。また作ってください!」
とメールをもらった。
ものをつくって喜んでもらえるのは、素直に嬉しい。ご飯でも何でも。
なんだか、自分のちょっとした気持ちが伝わったようで。

「また、作ってください!」っていい言葉だなあ。




+
昨日京都御所を通ったら、サクラが今まさに満開のエリアがあったのでびっくりしました。
南西の八重サクラのエリア。(写真のサクラは美山町です)
Miyama_sakura03

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2007.04.21

ものをつくるって、気持ちのカタチ?

さっさとモノをつくる人に憧れる。
友達で器用な人がいて、ちゃちゃっと、服を縫ったり、おやつを自分で手づくりしたり。
彼女の家で、ホットケーキミックスから作ったんじゃないホットケーキをごちそうになった時は、かなり嬉しかった。

この前は、花見の席にいったら、手づくりのパウンドケーキがでてきて、
「こういうのって、いいなあ、いいなあ。」
と内心感激していた。

すごいのは、友達んちのロフトへ上がる梯子をつくった友達の彼氏。
彼女の部屋のロフトへ上がる階段(折りたたみ式)が、上げ下ろしが面倒なのを見て作ってくれたんだったと思う。だいたいの寸法を測っていって、神奈川県の自宅でパーツをつくり、京都に住む彼女のアパートのロフトに梯子を掛けてしまった。(パーツはどうやって運んだんだろう???)
こんなことって、建築家でできる人はたぶんいないだろうな(笑)。

さっさとこういうことが出来ていいなあと羨ましく思うのは、
「このひとにこれを食べさせたい!」
とか、
「このひとにはこれを贈りたい!」
と、気持ちが一番高まってるときに、それが出来ること。

ものを作るときの基本って、そこにあるような気がするなと、ふと思いました。
私の場合、写真がそれに近いかな。友達の結婚式の写真係の時に、友達の姪っ子の写真をちょっと作り込んで渡したときに、気に入ってもらえたのがとても嬉しかった。
あと食べ物なら、おにぎりなら出せるかな…。


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2007.04.18

デザインを欲している場所

「あらかじめ与えられたフレームのなかで
仕事をするのが従来のデザイナーだとすれば
…が行っているのは、
デザインを欲している場所を新たに発見しては、
そこに入りこんでいくというような作業である。」

最近入手した本に、載っていた言葉。
まさに、こんなふうに仕事がしたい。
…のデザイナーの方のように、すごい能力を持ってなくても、
ささいな私の能力(デザイン能力とは限らず)を、必要としてくれるひとにもっともっと出会って、
仕事がしたいなあ。
今更ながら、自分が持ってるものを、見直す必要ありかな。



+
夕暮れ時のさくら、美山にて。
Miyama_sakura02

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2007.04.03

手に取った雑誌の中に

表紙に惹かれて、手に取った雑誌を開いてみたら、
表紙の佇まいを裏切らず、どちらかというとそれ以上の、紙面があった。
じっくり眺めたくなったので、創刊号を買ってみた。
(創刊号は昨年の6月であるから、すでに目にしている人もあるかもしれません。)


その雑誌、まだざっとしか目を通して無いけれど、
はっとするような言葉が幾つかあったので、拾いだしてみました。



生活が冒険になるデザイン


線をひいているときがある…。
なにかがいとおしくなったり、小さな光景を思い出したり、ときには不測の事態に陥ったとき。
それは、文字とも絵ともいえないものだ。
線のいるところは、「言葉」になりにくい言葉たちと、
「言葉」になりたい言葉たちと両方いる、へんなところかもしれない。
彼岸も此岸も、過去も現在もいっしょくたのような。


美しさは役に立つから美しいのではなく
美しいから役にたつ


生活の荒廃は、美意識の喪失から始まるのではないか。…(中略)
生活の時間、生活の空間そのものがなくなっている。
生活がなくなったのは、人と人、人ともの、ものとものをつなげる美意識がなくなったからだ。


つまりここでは、デザインとは生きる意思の別名となるだろう。
(“ここ”とは、この場面では、この雑誌のこと。)


昨今の「効率」はもちろん大事だ。
でも人生は、消費だけで埋め尽くされた生の時間ではない。

(雑誌 graphic/design より)




これから、この言葉たちを頭のなかでちょっと反芻してみます。


そして、この雑誌のたたずまいが、
「美しいものってなんだろう、もっと美しいものを見てみたい」
と、日々考えている友人がつくった小さな雑誌の雰囲気と
共通したものが在るとしばらくしてから気づいて、
興味深い偶然(必然?)だなあと、思いました。



+
先週末のトモダチの家でのお花見
Sakura01




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2007.03.29

風呂敷で出勤

実は、前々から風呂敷を上手に使って出勤することに憧れていました。
風呂敷とか手ぬぐいとかの布の柄が好きなのと、行きは荷物をくるんでいって、帰りは荷物が無い時、畳んですっきり帰れるというのが、なんともかっこよく思えたから(笑)。

先日、写真を撮りに行った時に、三脚と背景に使う大きな紙を巻いていれた筒を入れるちょうどよいバッグがなかったので、適当に風呂敷で包んでいったら持ち運びやすかったのに味をしめて、今日も風呂敷で出勤してみました。


行きは箱ものをこんなふうに包んで。(さすがにお財布は、小さな別のカバンにいれています。)
Furoshiki_1

帰りはオフィスに届いていた写真集を包んで。
Furoshiki02_4




実は風呂敷歴は長いのです。旅での服のパッキングには、昔から風呂敷を使ってました。ぎゅっと縛れるから、服のかさばりも押さえられるので。でも、あまり普段使いにはしていませんでした。
色々な包み方を勉強して、行きは風呂敷で荷物をさげていっても・帰りは“手ぶら”、あるいは逆の、買い物行くのに、行きは手ぶら・帰りは風呂敷でパッキングが理想です。
買い物袋を貰わないでいけたら、エコにもなるかな。


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2007.03.24

まずは発信し続ける

今年の始め頃、女性起業家コミュニティで知り合った方の縁で、京都の伝統工芸品の写真を撮らせて頂くことになり、現在はその伝統工芸を営む方たちのHP用の画像を用意している。
昨夜は、その伝統工芸を営む方たちの会のあつまりに同席。

私にとっては、この会に関わりを持つようになってからまだ日が浅いので、以前の動向はよく把握していないのだけど、どうやら会が活発に動きはじめているようである。

「今はひたすら発信です。
伝統工芸の認知に有効だと思ったチャンスには、二の足を踏む理由は無い!」
という意を、コンサルタントの方がメンバーの皆に伝えていた。
文化の継承(伝統に固執するというのではなく)、そして継承するために、その高い美意識と技術を求める人々に出会うのを目標に、動きはじめている。

そして
「発信しつづけて、それが上手くいけば(必ず上手くやらなければならないのだけど)、
次にそれに見合う報酬がついてくる。」
とのことだ。
それが2年後なのか、もっと後なのか正直わからない。
昨日は、その意志の再確認、という場があって、それが同席者として印象に残った。


建築設計事務所に勤めていた時は、
「独立して、いっぱしの建築家として認知されるには、少なくとも10年くらいかかる。
その10年が生き残り競争なんだよ。」
ということを、耳にしていた。
 1回や2回メディアに露出してもすぐに効果があがるというわけはなく、継続的に露出していかなければ、認知されないということだ。

種蒔いて収穫するまでやはり時間がかかる。
ときおり気が遠くなりそうになります…。

Lb01
メキシコの建築家、Luis Barraganの自邸、階段室。天使の木彫がおいてありました。

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2007.03.23

太陽と追っかけっこ

最近午前中は自宅で仕事をしている。
というのは、撮影した写真画像をコンピュータで調整したり、プリントアウトして色をみたりするのに、自室の自然光のもとで作業したほうが都合がよいから。
オフィスの人工照明で色が見にくいのである。

これはたぶん間違ってない法則だと思うけど、自然光の下で美しいと思った色は、人工照明の下でも綺麗に見える。だけど不思議なことに逆が成り立つとは限らない。

建設会社のインテリアデザイン部に勤務していた時の上司には、基本はまず自然光のもとで塗装色や素材の色を選定、と教えられました。夜になってしまって、時間が限られてる時はデスクライトの下でもしょうがないけど、ちょっとでも時間あれば次の日にもう一度自然光のもとで確認しなさいとよく言われました。
勤めていたオフィスには自然光がよく入るアトリウムがあり、そこへ塗装見本や仕上げサンプルをかかえていって、色を決めたものでした。

今はそれを自宅でやっているのだけど、自然光で無理なく色がみれるのは午前中から午後3時前くらいまで。
それ以降になると、暗くなってきて光が青みを帯びてきます。(部屋が北向きだから)
充分明るいうちに仕事をするっていうのは、ちょっと農業を営む人になった気分、なんだか気持ちいい。
写真をつくってるのに(笑)。
でも、画家のアトリエもそうだから、そう考えたら自然なことですね。
グラフィックデザイナーとかもこんな感じなんでしょうか。


Gosyo_shidare
京都御所では桜が咲き始めてます。御所北西部しだれ桜ゾーンの数本。桃もまだ咲いてます。

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2007.03.17

もっともっと観ないと

Yoshioka
京都、染司よしおか のウィンドー。春。


最近写真撮影する機会が多くあるのだけど、撮りながら、そして撮ったあと、いつも思うのは、

「もっと、もっと、美しいものを観ないと!!!」

ということ。
それは、必ずしも一般的な尺度ではなくていいかもしれないですが。
自分の目線で美しいとか、いいとかいうもの。

撮る人の眼で、写真の絵の質が決まるように感じます。
美しいものをしらないと、絵もそのレベルどまりになってしまう…。
それを撮るためにはテクニックも必要ですが、それ以前におそらく

“眼”

が必要。


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2007.03.16

春ですね。

昨日(正確にいえば今日ですね)、夜に自転車のって、DVDを返しにいきました。車も走ってないような真夜中。
なんだか京都が、知らない街のように思えて、背中がゾクゾクしました。
このゾクゾクは、外国などの全く知らない街に行った時、早朝とか真夜中とかによく感じるもの。
自分が世界のことについて、ほとんど知らない存在で、知る楽しみがいっぱいいっぱいあるという、期待感。
まだまだ冒険できる!という気持ち。

今月末にヘルシンキ経由でイタリア入りする友達から「かもめ食堂よかったよ〜♪」やら、最近観た、ブエノスアイレスのガレリア(商店街)が舞台の映画やら。どこか遠くに誘われているような、気になってきます。
あったかくなってきたので、どこか遠くにったり、何か思いっきり始めたい気分です。


Piso
真夜中のバルセロナ、とある交差点。
みんな隅を切ったコーナーに路駐してる…。


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2007.03.12

心にひっかかったこと、アーティストとデザイナー

昨日、友人と映像アーティスト・音楽クリエーターである高木正勝のDVDを観ていた時のこと。

このアルバムには映像と音楽がセットになったDVDもついていて、それを見ながら持ち主の友人が、「この映像のこの曲は、(音楽だけの)アルバムの方には入っていないのだ」と、解説してくれる。それは、見れば自ずと気付くことなのだけど、映像とセットであってこそ表現できる音楽なのである。

友人が「これがアーティストなのだろうな。」という意味のことを言った。それは、映像と一緒にしか存在しえない音楽を、音だけのアルバムに無理矢理入れないということである。
それから「デザイナーなら、全部見せてしまうだろうけど」、という言葉も。
充分承知していたことなのに、何かしら痛いような、かゆいような気持ちになった。

Coiedaアルバム“Coieda”。
CoiedaのDVDのPhotoSample・映像等、一部コチラでみれます。
私が昨日みていいなと思ったのはPrimoというタイトルのもの。

高木正勝のHPも美しいです。






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2007.03.09

石の美しさを撮りたい

Ddm01
AILAが取り扱うDANIERA DE MARCHIのジュエリー。石の色彩、カットがとにかく美しい。


今週の火曜日に、ジュエリーショップをする知人のショールームを訪ねて、彼女が扱うジュエリーを試撮影させてもらう。

知人の扱うジュエリーは、イタリアのデザイナーによるもので、日本では目にすることができないような、おおぶりでナチュラルな貴石あるいは半貴石をふんだんにあしらったもの。しかし、たっぷりとしたボリュームなのに、アンシンメトリーなデザインや石の散りばめ方で、身につけてみると想像するほど重々しい感じにならないのである。

今回は試し撮影であったのだけど、光や石の種類によって、ジュエリーの見え方が全く異なってくるのが、改めて面白かった!

柔らかい自然光の中での石、
ドラマチックにスポットが当たった時の石、
主張のはっきりしている色の石、
水彩画のような微妙な色合いの石、
透明感のある石、
カットが素晴らしい石、
またそれぞれは絡みあっている。

石をいかにきれいに撮るかに尽きるなあと感じる。
私らしい撮り方を考えて、本撮影にのぞもうと思います。


+
知人の経営するAILAは、先週大阪心斎橋にショールームをオープンしました。

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2007.02.24

同じ茅葺き屋根といっても

Miyama01
訪問先の寛ぎスペース。ここは茅葺きではなく、古い木造の校舎を移築し現代的にアレンジして使用している。天井が低いのがここちよい。
 
+
旅行会社を営む友人の写真係として同行した美山町訪問では、観光協会の方のおすすめで、6軒ほど、それぞれとっても個性があるお食事どころ・お泊まりどころを見学することができた。

うち、茅葺き屋根の家屋で営まれているところ3軒。でも同じ茅葺きといってもオーナーの趣味嗜好で驚くほどカラーの違う空間になっている!かなり面白いものだった。
それぞれは、個性的なオーナーの趣味で集められた骨董に囲まれた密度濃い空間、古い民家であるには違いないが爽やかで明るいもてなし空間、それからオーナーの洗練された感覚で吟味されしつらえられた空間、といった感じ。空間を見せてもらいつつ、オーナーのお話しをきいていると、どんな風に訪れたお客さんを迎えたいか、はっきりと見えてくるのがまた面白い。
今ふりかえってみると、通常はお客さんが宿(あるいはお食事どころ)を選ぶのだけど、宿も自然とお客さんを選ぶといった感じだった(笑)。

また、旅行業のプロである友人の視点がおもしろかった。今回訪れたところは本当にユニークなところばかりで、あれもこれも撮らなきゃみたいな感じで、私はテンションあがりっぱなし、そして目が回りそうな感じだったのだけど、友人は、ここの宿はどんな人にうける、こんなシチュエーションで楽しめるなど、即座に答を出していた。たいがいは次の目的地への移動の車中でそんな話をしていて、その答の理由をきくと消費者からみてもいちいち納得するのだった。
この日彼女から聞いた話で印象に残っているのは、お泊まりどころでも、食べるところでも
「とにかく数を見る、食べるのが大事」
と、明言していた。
多くの物件をみているからこそ、てきぱきと自信をもって、ここはいい・よくないと判断できるのだろう。
空間とは個人的な鑑賞の対象で、いつもはゆっくりじっくり体験している私には、新鮮な視点だったのでした。

+
旅行業を営む友人のこの日のブログ
ちぇるかの日記「京都の田舎モダン*大人女性旅仕様」
茅葺き屋根のInnとCafe、茅葺き屋根ではないけど、こだわりたっぷりのオーベルジュが紹介されています。

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2007.02.22

ひと仕事、終了(ほっ)。

昨日は旅行会社をしている友人に同行して茅葺き屋根の美しい集落が残る美山町に訪れ、再び写真係。
6軒ほど、宿や食事どころをまわって、写真をいっぱい撮りました。朝イチから活動していたけど、6軒分と茅葺きの集落を写真に収めることは、ほとんどスポーツしている感覚(笑)。考えて構図を決めて撮るというより、反射神経でシャッター切って、片耳ではオーナーの話をなるべく聞き漏らさないようにする、みたいな感じ。
でも、1日で美山町を愛するいろんな方々に会えて、ほっんとに充実してました。つくづくラッキーな一日だったと思う。

今日はその写真の整理、そして別の友人のフォトブックの写真画像の仕上げをしていました。
一つ一つの写真を撮ることもそうそう簡単とも言えないのですが、それを一つのフォトブックとしてまとめることもそれなりに手間を要して、単に“右から左”というような作業ではないと実感しました。
でも、このフォトブックの方の友人の活動は、私がチャレンジオフィスに入居した当時から注目していたので、彼女のお手伝いを、私のささいな能力を使って出来たことは正直に嬉しい!ちょっと感慨深いです…。
さきほど、やっとその作業がひととおり終わって、このブログかいてます。

今日はもう、遅くなってしまったので、明日美山町での体験を書こうと思います。

Yululi
美山町では、前々から聞いていた友人の陶芸の師匠のお宅も訪問。茅葺き屋根の民家ですごく洗練された住まい方をしてらした。素敵な空間にかなり感激、そしてしっかり寛ぎました(笑)。
民家の空間に、イサム・ノグチの照明、スウェーデン製の薪ストーブ、火鉢、コーヒーとケーキ、全部しっくりきていて面白かったです。

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2007.02.17

寒かった実測

今日は午後からウチの事務所のアシスタントさんと一緒に東山の古家の実測に。
以前一度ざっくり測ったけど、図面を起こし始めたらやはり測り足りないところが出てきたので、本日は細かいところをメジャーで地道に測る作業となりました。

古い家を実測したり写真をとったりして、観察していると面白い発見が結構あります。
今日の発見は、下地が竹小舞でもなく、ラスボードでもない、土塗り壁。教科書でしか目にしたことのなかったものです。ラス板のもっと小幅で薄い板がごく狭い間隔で打たれた上に、スサ入りの土が塗られていて、さらにその上に吹付けがしてありました。なるほど、これが本で見たものかあ、と観察しました。
この仕様は、ネズミくんが悪さをした跡や、ヒビわれた壁から判明しました。

あと、新築時ではありえないような造りを見つけると、たぶん住み始めて不便でこうしたんだな、などと推測するのも面白い。
この家では、窓の採光を塞ぐように立てられた収納の側壁を見て、「そういえば階段のある場所が悪いといって、ある時位置を変えたといっていたから、収納がこんな位置になってしまったんだな。」と読み取りました。こんなふうに家の使われ方の変移なんかが見えてきます。

一方がメジャーで測って読み上げ、もう一人はそれをメモり、スケッチだけでは、あとで頭の中で組み立てにくそうなところは写真をとってメモ。2時間程そんな作業をしてました。
すっかり体が冷えきったので、帰りに二人であったかいカフェでお茶をのみ、本日は解散。
これから彼女は記憶が薄れないうちに、図面の作業にとりかかります。

Tategu
細かい細工がしてあるチャーミングな建具。これは、この家をリフォームしても使いたいな。

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2007.02.09

写真を通してケアについて考える

少し前に知人からもらったチラシ。

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-記憶と記録のつくり方- 連続講座
哲学する写真「写真を通してケアについて考える」

(抜粋)…写真は、誰にとっても記録のための身近な道具ですが、それは単なる記録ではなく、記憶を共有したり、新たな思いを想い起こさせたり、人と人をつなぎ、世界を開いていくことができる能力をもっています。…

(沖縄の興味のある人なら、雰囲気でそれとなしに沖縄の離島で撮影されたとわかる大家族のモノクロームの写真が載っている)
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サイトはコチラ

チラシを貰った時も面白そうだなと思っていたけど、先日赤ちゃんとお母さん・お父さんの写真を撮影、そしてそのちっちゃなフォトブックを編集していて、撮影時の自分の体験とそのチラシの講座がすごく関係あるような気がしてきている。で、その講座の1回に申込みました。

赤ちゃんとお母さん・お父さんの写真の撮影は、たんに偶然ある家族の幸せの瞬間に立ち会った(傍観者)というだけでなく、何か自分も「関わった」気がしたのです。多少なりとも。その何かはちっちゃなフォトブックが出来た時にわかるかな?


それにしてもこの講座の申込先である
「アートミーツケア学会」
って素敵な名前です。 アートミーツケア学会についてはコチラ


Mexico03
Mexicoにて。
庭に植えられた大きな樹、アドベ(土レンガ)の家、積み上げられたトウモロコシ、ランニング姿のおっちゃん(家の主人)とちっちゃな息子、おばあちゃん。

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2007.02.06

木のスプーン教室

Spoon01
彫ってくれるのを待っている“スプーンの素”たち


ちょっと先の話だけど、4月にPotitek(ぽちてっく)さんが開くスプーン教室に参加する。
先日ぽちてっくさんが工房として使用しているユニークな共同オフィスを訪ねた時にスプーン教室のことを知り、友人と一緒にその場で申込みをした。

木のスプーンを作るという教室で、流れとしてはあらかじめ荒く形を取られた木のカタマリを選んで(大きさ、かたち、樹種、いろいろあります)、のみや小刀、ちびカンナを使って成形し、サンドペーパーでみがき、最後は植物性のオイルでぴかぴかに磨いて仕上げるというもの。本当に何も手を施してない木を成形するところから始めると、二日ががりにもなってしまうので、おおまかに型取りしてある木からスタートするとのこと。

教室の話を聞いて私が特に気に入ったのは、スプーンづくりの最後に自分でつくったスプーンで実際に食事をするということ!自分が実際に手を動かして一生懸命なんとか形にした「作品」で、すぐに食事ができるなんで、凄くいい!それに、疲れて途中でくじけそうになっても、鼻先のニンジンのような役目を果たしてくれるかな(笑)。
“たべる”ということは、誰もが必ず行う行為で、お腹も心も楽しく満たされる時間ですよね。その行為に使う自分にとっても親密な道具を、好きな木を選んで、自分でつくりあげるなんて幸せを感じそう(おおげさ?笑)。
つくるものがスプーンであるというのもいいなあと思う。箸でもなく(いいと思うけど、かたち的にシャープすぎる)、フォークでもなく(削るの難しそう)、ナイフでもない(バターナイフならいいかな。でも使用頻度はスプーンが勝ち)。
一緒に参加予定の友人は、ちびスプーンを作って端部に穴を空けて、革ひもなんか通してペンダントにしてもいいかも、といっていた。これって、木のスプーンならではのアイデアかな。

ちょっと先のお話しですが、4月末がとっても楽しみです。

Spoon02

ぽちてっくのお仕事はオーダーの木製家具のデザイン・制作と木の小物づくり。私は珍しいように思うのですが、女性ふたりで活動する木工チームです。
制作されている家具は、木の風合いを活かした飽きのこないシンプルなデザイン、そしてちょこっと“ぽちてっくらしい”味つけがしてあって愛嬌を感じます。
スプーン教室は、木という素材と家具工房ぽちてっくの入門編となっているように思いました。

HPもシンプルでさわやかなデザインです。
木の家具工房ぽちてっく


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2007.02.05

妊婦さんの遠足

Slowwalk01
昨年6月、糺の森での「Slow Walk 大人の遠足」


先日、赤ちゃんとそのお母さん、お父さんを写真を撮りにいったときに、私を写真係として誘ってくれた友人と妊婦さんの外出の話になる。
そしてその友人は

「妊婦さんのおでかけ」
なるものを企画したいのだ、と口にする。

それで思い出したのが、私が去年の6月に参加した「SLOW WALK 大人の遠足」。
森を案内してもらいながら歩くというものだった。具体的には、糺の森(ただすの森、要するには下鴨神社です)で樹、植物、いろんな話を聞きながら。
各自水筒や虫除けなんかをもって出町柳に集合、そこからゆっくりと下鴨神社に向い、そこで森の案内人(?)に、樹にまつわるお話しをきいたり、それに絡めたゲームをしたり。3時間ほど糺の森で過ごしたあとは、鴨川の川縁にいって、コーヒーにお菓子をつまみながら、歓談。友人ひとり以外知らない人ばかりだったのだけど、そんなふうにして歩いて時間を過ごすとうちとけやすく、自然にお互いの話をしはじめるから不思議なもの。

 前置きは長くなったけど、実はその参加者の中で臨月に近いと思われる若い女性がいて(一人で参加していた)、彼女が

「こんなふうに歩いたのは久しぶり」
というようなことを言っていたのを、思い出したのだ。

とてもゆっくりだったけど座ることもなく歩いていたので、途中ちょっと疲れた様子で皆とは別に休憩をとっていたことなども、「妊婦さんのおでかけ」を企画したいとする友人に話すと、
「当然ですが、そこをちゃんとケアします」
と、説明してくれた。彼女自身看護婦であるけど、どうやらそれとは別に一報を入れると何らかしら手を施してくれるお医者さんとも既に連携をとっている模様。妊娠したら出産するまで大事をとって、家にこもりがちになるケースもあるようだけど、こんなふうに専門家が見守ってくれてのお出かけだったら、安心して気分転換に出掛けられるかもしれない。

今日またその話になって、その友人から
「その機会でも写真撮ったら」
といわれて、それってすごくオイシイ話だなあ、と嬉しくなってしまった。
もし、企画するとすれば、梅雨前の5月だそうです。
緑の美しい時期ですね。


Slowwalk02
森の案内人の旦那さん。赤ちゃん連れです。


Slowwalk03
森を散策の最後は、鴨川べりで歓談。


Slowwalk04
もう一人の森の案内人は、東京で珈琲屋を営む方。ここでも、珈琲を点てて頂きました。

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2007.02.04

どうして判るのだろうか

先日、指物をやっている作家の方の工房をうかがう機会があった。この時も写真係。

木を組み合わせてつくられた繊細な細工物を実際に手にとって眺めることができた。どんなにシャープにみえるものでも、よく見ると手に馴染むように僅かに角がおとしてある。
また、ここの仕事場には鉋が数えきれないほどあった。100台くらいあったのではないだろうか。作るものにあわせて使いわけていくのだろう。中には親指をふたまわりほど大きくしたようなワラジ型の鉋もあって、あまりの小ささと、でもよく出来ているのにびっくりする。
木をくり抜いていって作った盆などを見せてもらったのだけど、それを成形する時に使うと聞いた。これで、わずかにわずかに木をくりぬいていくのだ。

つくられたものと一緒に道具の数々を目にしたせいもあるのだろうが、かなりエッジのきいてる作品でも、何かしら工業製品には無い手の跡を感じた。人の手を使って時間をかけて丁寧につくられたというような。
今もその木のやさしい肌触りを、思い出すことができる。

これって、誰しも直感的にわかるのではないかなと思った。意識すらしてない場合もあるかもしれないけど。
たぶん私の仕事にも言えるのだろうな。
 

Kannagake02
いい感じに散らかってるカンナ屑。(記事の指物の工房ではありません)

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2007.02.03

撮ることはコミュニケーション?

今日は知人の本づくりで、写真について話し合う。
その写真とは、先日私が生後二日目の赤ちゃんとそのお母さんお父さんを撮ったのもの、そして半分ほどはその知人が撮った記録的なもの。
知人が文章を構成したものにそれらの写真をつけて、ちっちゃな写真集をつくるということだ。

知人はお母さんと赤ちゃん(正確に言えば、妊娠時から)をサポートする仕事をしており、私が写真を撮らせてもらったお母さんとは、妊娠時に出会って無事出産の今にいたり、思い入れは私には到底はかりしれない程。
その本づくりのストーリーの流れ、そしてどの写真がそれにふさわしいか、私にスケッチをみせてくれながら、ベストにするにはどうするのがいいか四苦八苦しつつも、半分喜びの感じで興奮ぎみ。
その長い道のりの一番オイシイところを写真に撮らせてもらったようで、申し訳ないほどラッキーだなと思いつつ、それ以上に何か充足感を感じ、それはいったい何なのだろうと、知人の苦悩振り(=思い入れ振り)を見ながら考えていた。

漠然とだが、それは単に美しい瞬間を写真という形で切り取れたということだけでなく、“撮る”というかたちで、お母さんお父さん、赤ちゃん、それからサポートする知人とコミュニケーションしていたからではないかと、思った。たくさんの言葉を交わすことによるコミュニケーションというものではなくて、観察、そしてそれによる感情表現(私の)とか、実際の言葉による投げかけとか。

先週今週と、今回の知人の他にも写真を撮る機会があった。今こうして振り返ると撮るものが異なってはいたけど、それぞれのコミュニケーションがあったように思う。
そしてこの体験が、自分のデザインの仕事に何らかしら役に立つのではないかと、漠然とだが感じている。


Kannagake
“かんな掛け”の図。木工をやってる知人に、練習で写真を撮らせてもらいました。


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2007.02.02

今日は面談

チャレンジオフィスでは、2ヶ月あるは3ヶ月に1回、企業コンサルタント、キャリアカウンセラーの方に面接、そしてアドバイスを貰うことができる。ありがたいことに無料。
今回は年度末に近いということがあって、今年1年の事業の進行具合の報告をする。その中には昨年のおおまかな決算も含まれていて、最近は帳簿入力を時間を割いていた。

企業コンサルタントの方は 今回が2回目の面談なのだけど、前回も今回も私がどうしようか迷っている事柄について、展望のある方向に具体的な例をもってのアドバイスがあった。

今回の大きな相談の一つは、これからparammmのホームページをつくるのに取りかかるのだけど、その構成について。起業したばかりで、事例物件というべきものがほとんど無い場合には、どのように作ったよいか?という相談をしたことに対してのアドバイスをいただく。
ここでは詳しく書けないけど、それはホームページの構成というより、デザイン業務受注までの仕立て方のアドバイスでもあった。

その方法は私が上手く仕立てて実行できるかどうかは、まだまだこれからなのだけど、私が今迄のアトリエ系建築設計事務所のあり方について疑問をもっていた部分についても、絡んでいる。

1時間弱程度の面談、終わってちょっと晴れやかな気分でした。
さあ、伸ばし伸ばしに(伸ばし過ぎ 笑)していた HPにとりかかるぞー。


Kugisabi
市内でみかけた板塀。釘錆の跡が生き物みたいで面白い。

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2007.02.01

スパンが異なる仕事

最近、写真を撮らせてもらう機会(自分でやりたいと手を挙げている)があるのだけど、写真撮影というものは、本業の設計の仕事とは、1つの仕事に関わっている時間がまったく異なってそれがとても面白い。刺激的。

設計の仕事は時間が長くて、モチベーションの持続力というのがとにかく必要なのだけど、写真の方はどちらかというと、短い時間でどれだけ集中力を高めるかが求められるように思う。とにかくその場の一瞬で解決しなくちゃいけない、みたいなところがある。もちろんフィルムだったら紙焼きみたいな作業があるし、デジタルだったらコンピューターで加工したりの時間がもちろんあって、そちらはそちらで根気が必要とされるけど、シャッターを切る“瞬間”というのが一番の山場のように思う。

その異なるスパンのものを同時進行してやってるって、なんか自分の気持のバランスがいいように思えてきている。いままで体験したことない、不思議な感じです。


Kenninnji_doshi
東山の建仁寺、唐子遊戯図のある間。壁に襖がはめ込まれているのが面白い。
旅行業を営む友人のBlogで祇園散策(建仁寺も)の紹介してます。

ちぇるか日記“京都大人の女性旅

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2007.01.29

老舗を経営することとは

今日も、知人の取材に写真係としてついていく。行き先は、京都で伝統工芸を生業としている老舗。

これで6人の老舗経営者の方に接する機会に恵まれた。面白いことは、それぞれの方のキャラクターがかなり異なるにもかかわらず、口にするポリシーや、今なお試行錯誤を積み重ねていることは同じ。

「本物をつくる」
「物事、長い目でみる。(=目先のことに飛びつかない。)」
どの方からも、それから作られているものからも感じるのはこれ。

工夫が必要かもしれないが、本物がちゃんと生き残る時代になってきていると、私自身は思っている。
老舗といっても経営者の方は40代くらいの方ばかり。この方たちに頑張ってもらわないと、本当に正直なところ日本の伝統文化が無くなってしまうように思う。


昨夜はご近所の町家の日本酒の会に参加。
Kuramaguchinchi

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2007.01.28

あたらしいもの

昨日は知人の取材に同行し写真係をつとめる。
取材先は織物関係にたずさわる方々。


京都ってこんなに美しいものを作っているんだ!
私は京都のこと全然知らなかったんだ…。

というほど、美しいものに接することができた。大袈裟でなく。
どれもが、柔らかくて、艶があって、美しく微妙な色合い、そしてこれ以上無いほど繊細。
私は果たして、それらをちゃんとカメラに収めれるかどうか、その美しいものたちを見た瞬間にすっごく不安になりました。
…といってもしょうがないので、とにかく一生懸命シャッター切りました(笑)。
とにかく、たくさんたっくさん撮った!

そして取材が終わったあとに、その知人が言った言葉がとても面白かった。
「すごく古い文化(技術)でも、現代の技術で、今となっては制作不可能なものだとしたら、逆に

“新しいもの”

なんじゃないか。」
というもの。

なるほどー!!!

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2007.01.27

木に対する愛着

Potiteck01
先日のあじき路訪問のあと、同じく東山区のユニークな共同アトリエと、そこに入居する木工作家の方の自宅を尋ねる。

そこで彼女のいくつかの作品を見せてもらう。彼女が自ら説明してくれたのだけど、2つの傾向があることに気付く。
一つは、図面を描いて、モックアップを起こして制作する家具(プロダクト、といったらよいのだろうか)。もう一つは、彫刻を彫り上げるように、ざざっと木を削って(落として)形にしているスツールとか、木の食器とか。
また、後者の方に通じるように思うのは、彼女の自宅にあったもの。彼女が制作したものではなく、実家から譲りうけてきた作業台で現在はダイニングテーブルとして使用しているものや、誰かからもらった棚など、しっかり使い込まれた木の家具。
彫刻のように仕上げられたもの、それから自宅の家具などには、樹種やかたちを超えて、シンプルに木というものへの深い愛着とセンスを感じ、そんなふうに木を愛おしんでる彼女がとってもいいなあと思いました。

そして私もそんな素材があるだろうか、と振り返ってみました。
そうだな、私の場合はしいていえば自然光だろうか…。


Potiteck02
荒々しさが気持よくて、年月を経てる感があるテーブル。

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2007.01.25

赤ちゃんとお母さんの写真を撮ってきました

Baby

昨日は、友人の会社でサポートしている若いお母さんとその赤ちゃんに会いに出掛ける。
お母さんは今週月曜日に初めての出産をしたばかり。私の役目は、そのお母さんと赤ちゃんを撮ること。
赤ちゃんってとにかく綺麗で、なにもかもフレッシュで(生まれたばかりだから当たり前だけど)、赤ちゃんを撮るのもすごく興奮したのだけど、出産したばかりのお母さんが赤ちゃんを見つめたり、抱いたりする姿がすごく初々しくて、美しいものを見せてもらってるなあと思って、それを一生懸命写真に納めた。

私はプロの写真家ではないけど、写真を撮ることにとても執着していて、それって一体何がそうさせるのだろうとずっと考えていた。それで最近気付いたのは、私は何かものの関係を写真に納めたいと思っているのだな、ということ。
人と建築、人と風景、人と人という、言ってみればその場でしか見れないような、風景、佇まい、あるいは一瞬。
それに集中力をもって接して写真に納めるっていう行為が、緊張もするけど、とっても気持がいい。充実感がある。
昔は静物や風景や、人のいない建築の写真ばかり撮っていた気がする。たぶん変わってきたのはメキシコへ長旅にでかけて、街の写真を撮るようになってきてから。街の写真って、人がいないと面白くないのだ。
こう考えると、建築も人に使われてこそのものだと、思える。


写真とは別ですが。
昨日聞いた言葉ですごーく感動したのは、出産を終えたその若いお母さんが、ふと言った、

「実際に出産するまで、本でいろんな出産体験を読んだけど、
自分の出産は、他の人のどの体験とも違った。」

というもの。
世の中に出産マニュアルのような情報が溢れているけど、そのどれと異なっても、だからといって不安におちいる必要はないようです。ひとそれぞれのようですね…。

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2007.01.24

ときどき手を動かしてみたくなる

昨年末、友人のオフィスづくりでペンキ塗りを手伝ったあと、年明けには、自分の部屋のペンキ塗りをした。
それは入居時に塗り残していた部屋の1/5くらいの部分。その壁面はドアが3カ所あって、マスキングテーブで養生するのが面倒だったせいもあったり仕事が始まったりして、塗り残していた。それを塗りきって本当にすっきり。

一度手を動かし始めると、道具を出したり、洗って仕舞ったりの億劫さが緩くなって、いつかやろうと思っていたことに取りかかってみたくなっている。
次は、椅子と鏡のニスの塗装を剥がして、オイル系の塗装に仕直そうと思っている。塗装のリムーバー(剥がし剤)とオスモカラー(天然オイル系塗料)は取り寄せました。週末の時間のある時にぼちぼちやろうと思ってます。

普段の仕事は鉛筆でスケッチしたり、コンピュータで図面を書いたりで、実物そのものをつくることってほとんど無い。模型を作ったりもするが、それも実物空間のモデルだし。
部屋のペンキ塗りのような些細なことでも、こんなふうに手を動かして実際のものをつくったり、手を加えたりすると、ほっとする。自分がちゃんとリアルなものをつくれるのだという安心感につながっているのだと思う。
そういう意味では、料理することも同じだな。コーヒーをちゃんと煎れたりとかも。

Spoon
近々スプーンづくりの教室に参加するかもしれません。
写真はスプーンづくりの教室で彫って磨かれる前の材料段階のもの。ひとくちにスプーンといっても、かたちはもちろんのこと、木の種類や彫り方なんかによっても、かなり表情が異なったものが出来そうですね。


2007.01.21

あじき路地、ふたたび

Rim01
先週の木曜日、京都東山のあじき路地に友人と訪れる。
昨年に一度、京都市内に長屋の古家をもつ女性と、長屋がうまく活かされている事例見学という名目で訪れた。そして今回はそのあじき路地で店舗を構え、手づくりの革製品を制作・販売する女性を訪ねた。

その店舗はRimさんといって、手縫いで革製品を制作しているShop。革製品で手縫いなんて、初めて目にしたのだけど、手縫いのなんとも言えない風合いに素直に感動。手縫いといっても、もちろんきれいに整っているのだけど、なんというか、フリーハンドで引いた線と定規で引いた線が確実に異なるように、手縫いは手縫いの素敵な味があるのだ。
Rimさんところの商品は、一つの型(デザイン)で布と糸を選ぶことができる。そしてそれだけ縫い目に味があると、縫い糸を変えただけで同じデザインでもかなり表情が違ってくるのが面白い。形はシンプルなものが多く、それでいっそう手縫いの線がいい味付けになっていると感じる。

友人と二人でRimさんの仕事についていろいろと質問。
なぜ手縫いを選んだのか、どこで習ったのかとか、長屋の改装のいきさつとか。短い時間だったけど、いろいろと尋ねてみてRimさんから感じたのは、好きなことに向かって、ちゃくちゃくと進めていくという強さ。
とってもユニークだと思った受け答えはこれ。
私の友人の「どこで革製品をつくる技術を学んだんですか?」という問いに対して

「いわゆる“学校”のようなものは、無かったの。だから、独学で出来る分野なのかもしれないと思って、“教室”には通ったことがあったけど、あとは調べたりして自分で勉強したんです。」

というもの。
自分のやりたいことに対して、自分で道筋をつけていく。
これは週末講義の講師の方の著書“自分の仕事をつくる”の領域だな、と思った。

今のお店を構えるまでにいろいろな仕事をやっていて、例えばインテリアショップの接客のスタッフなども経験していて、それも多いに現在の仕事の多いに役に立っているといっていたこと。

「良いデザインが出来たり、革製品をつくる技術が優れている人は多くいるけど、それだけでは果たして、自分で店を構えてやっていけるかどうか…。」

というような、話にもなった。
人に仕事を頼まれるって本当に簡単なことではない、と独立する前からずっと思っていたのだけど、ここで上がった話も、まさにそれ。
ものづくりは人と人の間で成り立つものなのだな、改めて思う。
いや、ものづくりに限らず「しごと」ってものがそういうものなのだろうな。

Rim02

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2007.01.18

世の中2次情報が多い_週末講義その6

昨年の週末講義で

今の世の中2次情報(=誰かが一度加工した情報)が溢れていて、ともするとその情報に縛られたり、踊らされやすくなっている、それってどうなの?

と、あった。

例えば、私なんかは自分で自分の2次情報に惑わされてるとある時気付いた(笑)。
それは長期旅行で撮った膨大な建築空間の写真。一度にあまりに多くの空間を見ていると、やはりその場で全部はインプットしきれなくて、旅先から帰ってきてから何度も見返している写真の方が頭の中に定着してしまう。空間ってやはり写真じゃ撮りきれない情報が多いので、その場で体験したものを記憶しておきたいのだけど、写真で撮られたアングルの方を、リアルな記憶と自分で錯覚しているという状況(笑)。

それでも、写真が無いとそれを体験したこと事体も忘れてしまうことがあるから、何も無いより写真として残っていたほうが良いと思っているが。
本当は、写真が自分のリアルな記憶を呼びもどすスイッチであればいいな。

おととい書いた、太陽と月の光が地球に届く時間の砂時計は、世の中2次情報で溢れているということが気付かせてくれる存在。リビングワールドが提案する1.2次くらいの情報といったらいいのでしょうか。


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2007.01.17

勢い感じる友人のブログ

まだ始まったばかりだけど、毎日楽しみにしているブログがある。
それは、my lovely mexico*というタイトルのメキシコ・ツナガリの友人が書いてるもの。

その友人は現在、フェアトレードのコンセプトをベースにした、メキシコのアルテサニア(伝統工芸品・民芸品)を取り入れたファッション雑貨の企画・販売を準備中。(=Trensa)作り手の伝統的な技術や文化を大事にしながら、商品を通じてメキシコの魅力を届けたいとのこと。

このブログを始める以前にも、彼女は日々の日記的なものは綴っていて、そちらにもメキシコに絡んだ話は載せていたし、彼女らしさもでていて面白かったのだけど、my lovely mexico*の方は、メキシコへの思いのたけをぶつけるというか、とにかく今迄彼女が積み上げてきたメキシコへの思い、それから持っているメキシコ・ストックを、惜しみなく披露しているという感じ。

こうして事業を始める前も企業でフェアトレードを手掛けていて、おまけに英語もスペイン語も使いこなせる彼女のもっている情報はほんと充実しているし、彼女らしいセンスの良さもそこここに感じて、読んだり紹介されているサイトを探索するのがとにかくに楽しい。
またメキシコの酸いも甘いも知っている彼女のメキシコに向ける視線は骨太さも感じ、それがブログの安定感のある下地になっているように思う。

こんな彼女のブログに私は最近背中を押されている感じ。
いいプレッシャーになってます。

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2007.01.16

太陽と月の光が地球に届く時間

Hourglass03
“ジャック・マイヨールの息の長さ”は、 2005年夏、リビングワールドの“窓”展で手に入れました。そして最近、手元にやってきたのは“太陽の光が地球に届く時間”と“月の光が地球に届く時間”

時(とき)の長さが白い砂の量で測れて、太陽の光が地球に届く時間と月の光のそれの違いが ひと目で把握できるのが面白い。月の光が届く時間は、砂が少な過ぎてガラスに付着したまま落ちないんじゃないかと思うくらい、ほんの僅かな量。一瞬なんだなあとわかります。それに比べたら、太陽の光はもう少し長旅をしてくるよう。

この砂時計たちは、デザインオフィス・リビングワールドのIn this timeというシリーズで、私たちが通常何気なく使用している秒とか分とかでは無い単位の“時(とき)”を示しているとのこと。
実は今の世の中、便宜上あるいは商業上つくられた尺度のようなもの(=情報)がとっても多い。例えば大きなところで言うと、“時間帯の境界線”は、地球は球であるけど、それに純粋に沿うかたちではなく国境の形で決まってる。そこには政治の力や経済的な便宜上の理由が働いていたりして、あくまでも人工物なんですね。人間が便宜上つくった時間の単位の一つでしかないと言えます。

このお話は、やはり昨年の週末講義で聴いたもの。
別の時間の単位の一つとして、この砂時計があるのですね。


Hourglass04
月の光が地球に届く時間は僅か。

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2007.01.14

ジャック・マイヨールの息の長さ

Hourglass01
「In this time:the freediving world record surpassd a depth of 100m
(1976;Jacques Mayol)」

と、フレームに刻印された、ちょっと風変わりな砂時計をもっています。
1分とか3分とかではなく、ジャック・マイヨールがフリーダイビングで100mを超える深さを潜り、ワールド・レコードを出した時の息の長さ(潜水時間)の砂時計。

シュノーケリング愛好者の私は、フリーダイビングの神様の呼吸を手に入れることが出来るような気がして、この砂時計を見た瞬間に、「絶対欲しい!」と思いました。
目に見えない時(とき)の長さが、こんなふうにデザインされて形となって、それを手にとることが出来るなんて、とっても面白いですよね。

また、デザインする側から考えてみると、この砂時計のようにある形をとっているけど観る人によってイメージの分だけ広がりを持つ、あるいは多様な意味を持つ、みたいなものをつくれたらいいなあと思う。

Hourgrass02

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2007.01.13

見えてるもの

昨日の写真の話のつづき。

同じ街をとっていても異なる雰囲気に撮っているということは、見えてる世界が既に違うのかもしれない。これは旅行で行ったメキシコという特別な体験に限らず、何気ない普段の生活でも言えるのだと思う。
同じ風景をみているようで、人によって見えてる世界が全然違うこともあり得るのではないかな。

ということは、同じ空間の中にいながら全然違う世界を生きてることもあり得るのであって、これって面白い。

Mexico011
parammmの撮ったメキシコ、オアハカの市場で

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2007.01.12

写真から見える“まなざし”

昨年12月、竹中工務店のギャラリーで“都市の記憶”という写真展をみた。
写真家村井修氏は、建築写真の第一人者として徹底した審美眼をもつ人物という印象が強かったのだが、この展覧会のために選ばれ展示された写真は、今迄知らなかった氏の別の一面を表現しているようでとても興味深かった。
1950年代の愛知県半田の人々、日常の風景にむける柔らかなまなざし、こちらまでワクワク感が伝わってくるような美しい海岸線をとらえる航空写真。
これらの写真からファインダーをのぞいている時の気持の高揚感が伝わってきて、これから察するに、きっと私の写真からも撮ってる時の気持ちを見る人にさらしてしまっているのだと、すごくリアルに感じてしまった。
(こう考えると写真を撮って、人に見せるのって少々恥ずかしいものなんですね。)

この体験をして、前から不思議に思っていたことの謎が解けた気がした。
友人が撮るメキシコと私が過去に撮ったメキシコの写真から受ける印象がかなり違って、どう撮ったらこんな風に違ってくるのか不思議だったのだ。
友人のメキシコは、キュートで鮮やかな色彩の中にも爽やかさがあって、どこかしら透明感がある。
一方私の撮るメキシコは、少し土っぽくって、街にみられる色彩は“押し”の強さを感じる。わずかに毒気のあるような鮮やかな色彩。

そう見えているのか、そう捉えたいとおもっているのか、どちらか解らないけど(両者かな)、それぞれのメキシコ観があらわれているのだな、きっと。カメラは現実をそのまま撮っているようで、実は表現の道具なのですね。

Mexico010
parammmの撮ったメキシコ、すごく田舎にあった修道院。

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2007.01.11

ものづくりのツールについて

某学校で製図+設計の講義をもっているが、本日は学生の作品の発表、講評。今年度最後の授業。

授業では、ベクターワークスという製図ソフトをつかっているのだが、そのコンピューターの計算による3Dの質感表現がキレイすぎて、考えこんでしまった。ガラスの表現とか、水の表現とか、必要以上にキレイなのだ。
何を危惧しているかというと、単純にコンピューターの質感表現がキレイなためにそれに満足してしまい、学生が自分のデザインの完成度を高める作業を止めてしまいかねない、ということ。その質感の綺麗さが、本当の素材の見え方とも異なっているとも感じられ、また問題。

コンピューターによる空間表現が間違っているとは決して思ってないし、模型をつくる技量を持ってない場合は、この製図ソフト、かなり手軽なツールである。
そのあたりの特徴(ある種の勘違いしやすいポイント)をどう学生に教えたらいいのか。
ものづくりはツールの選び方、使い方にかなり左右されるものだな…。


Dsc_0131_1_1
最近一眼レフカメラを再び使い始めて、ある程度マニュアルで操作できるカメラの特徴は“ボケ”具合(被写界深度)が調整できるとことであると、改めて実感。

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2007.01.08

北向きの部屋は撮影向き

Flores
現在の私の住まいは、北向きの窓一つしかついてないワンルーム。
マンション自体が築年数が古いということ、それからこの北向きということで、広さのわりに家賃は安い。

日本では南向き信仰が強いので、北向きの部屋は敬遠されがちだけど、場合のよっては、そんなに悪くない、むしろ望ましいものとなる時もある。
まず、私の部屋は3階で、窓のついてる側は近くに2階以上の建物がなく、北側とはいえかなり明るい。はじめて部屋を見た時は、言われるまで北向きと気付かなかったくらい。
また、北側採光のよいところは、入ってくる光が基本的に反射光であるため、光が安定していて、光の色が白い(黄色くない)ことである。反射光であるというのは、太陽からの直射日光ではなく、空で空気中のなんらかに反射して届いている光ということ。
以前仕事で少し関わった画家の方のアトリエの窓はあえて北側窓からだけの採光であったし、やはり北側高窓だけの採光であった写真スタジオも目にしたことがある。
あえて北向きを選んだわけではないのですが、自分で白くペンキ塗装した部屋は、ときどきする写真撮影に丁度よい。

この部屋に届く北側からの光は、私の印象ではやわらかく、すがすがしく白い。
結構気に入ってます。

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2007.01.07

京都は今年はじめての雪

Yukikyoto
朝なのに外がなんだか暗くなったなと思って窓を開けたら雪が降ってました。
遠くは真っ白、京都を囲む山は全く見えません。
雪の粒の大きさからすると、「積もるかな、積もらないかな」といういう感じ。
あまり寒くないので、積もらないかな。

今年は寒さ対策に、オイルヒーターを買いました。(駅前近鉄の閉店バーゲンで。笑)
すごく寒がりなので、部屋の広さに対して、1.5倍くらい容量のものを購入。デロンギとかは高いので、他メーカーの格安のものを。
1台は窓脇に、1台はデスクの近くに。エアコンとかの暖房では足が痛くなるくらいに冷えることがあったのですが(ホットカーペットとかでも暖かさが足りない)、輻射熱式のコレは、今のところそれがありません。
これで京都の1、2月の寒さが乗り切れますように。

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2007.01.05

もの作りはピクニック_週末講義その5

Gantan15昨年末に知人と話ていた時のこと。
独立して一人で仕事するっていうことに対して

「一人で仕事するものもちろん悪くないと思うけど、自分は何人か(チームで)で仕事することに、惹かれる」

というようなことを返してくれた。
それを聞いて、昨年11月の週末講義の講師の方が

「ものづくりはピクニック」

といって、彼の仕事の過程などを説明してくれたのを思い出す。
彼にとって“ものづくり”はある意味ピクニック、成果物も大切だけれども、その過程を楽しむこともとても大事なのだと。だから、プロジェクトのキックオフも重要で気を使う等々、話にのぼった。

これで気付いたのは、前の設計事務所に勤めていた私は、やはりピクニックに参加する側だったのだということ。
そして、今は一人だけどこれから誰かと一緒に仕事をするのは必然なので、今度は自分がピクニックの場を作る側になるのだとも自覚。

また、その講師の方は

「コラボレーションは掛け算」

と言っていた。
よい化学反応を起こせるコラボレーションは足し算ではなく、掛け算。
これも印象深い言葉でした。
一等楽しいピクニックは、掛け算になるということですね。

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2007.01.02

仕事とオトナ

Omikuji
ある友人とことあるごとに話題になってしまうのは、
“自分の仕事さがし”
“大人って何?”(ひいていえば、無自覚のまま大人になりたくない)
ということ。

社会にでて10年以上にもなる私が友人とこのテーマを話すのは、他人から見ると“何を今さら”と見えるように思うし、それも私が先輩として彼女に何かを伝えてるのではなく(その友人とは10以上歳が離れている)、同じレベルで話をしているのだから、ほんとに不思議な光景に見えることだと思う。
しかし、今になってこのテーマに私が取り組まなければならなくなったのは、昨年に数年つとめた設計事務所を辞め、自分で仕事することになったことがたぶん大きな理由。
それは、自分が小さいながらも事業主として準備しはじめてから、

“自分”と、自分のやる“仕事”

に自分で消化しきれない“建前”のようなズレがあると、気持よく(納得のいく)仕事ができないと気付いたから。
この場合の“自分”とは、“大人である自分”と言ってもいいのではないだろうか。


今日このことをここで書くのは、その友人が大切にしている本を借りたから。
それで、その本のはじまりでは、

子供の頃にはあったのに、大人になると無くなってしまうものがたくさんある、それを幾つ無くしたかで、人はどれほど大人になれたかを計るようだ。僕も今日までに無数の輝きを失ってきた。…

とあったのだ。
この本は素敵なエッセンスが詰まっていると思うが、この冒頭文には、私は反対の考えをもっている。
それは、

自分が心から納得できる仕事を見つけることができれば、子供のころに持っていた輝きを失うことなく“大人”になれるのではないか

ということ。
私はこれを探索していくことになるでしょう…本能的な自分がそう命じているので(笑)。
すでに社会人歴10年以上ですが、自分のめざす大人になるのは、まだまだのようです。

ちなみに彼女が勧めてくれた本はこれ↓私は“ママ”探しのテーマが面白かった。
望月通陽氏のイラストもとっても好き。




ミラクル


Book

ミラクル


著者:望月 通陽,辻 仁成
販売元:新潮社

Amazon.co.jpで詳細


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2007.01.01

昨年末、友人との会話

Gantan17私にとって、山あり谷ありだった去年を何とか乗り切れたのは、本当に友人、家族、周囲の人のおかげ。
特に年末二人でしっとりと忘年会をやった友人、それから一緒にペンキ塗りをした起業仲間からは、いい意味で心にずきずきくるような刺激をもらいました。
年末滑り込みのような感じで開業届をだし、設計事務所登録をして、ゆるゆるとだけどスタートを切った私には、本当に気持が引き締まるような言葉をもらいました。
その言葉とは、

まず自分が頭(トップ)で仕事をしていると、いい意味でも悪い意味でも、人とのつき合いや仕事の反応はダイレクトに返ってくるということ。

そして、それについてごまかし(曖昧にする)は通用しないということ。極端にいえば仕事の不手際や不誠実は、“無かったこと”には決して出来ないということ。

だからといって、失敗が許されないというわけではなく、ミスをしたらそれを誠実にフォローすれば、それは許される、と起業仲間の友人は教えてくれました。

“無かったことにして、次に進むのは解決にならない”

というのは、昨年私が書いてた週末講義の講師の方も似たニュアンスのことを言っていて、本当に心に沁みました。それにしても、彼女たちと話していると、いつも自分を包み隠さず正直に見せなければならない状態になってしまいます。そうさせる彼女たちの生き方(スタンス)ってすごいなと常々感じています。また、自分をありのままに見せるのは本当に恥ずかしくもあるけど、よく考えるとそういう友人がいるって実はシアワセなことだったりして、そんな自分の人生に感謝したりしてます。
今年もこんな友人たちとたくさんの時間を過ごしたい。

最後になりましたが、あけましておめでとうございます。
今日は家族と実家近くの神社を初詣で3つをはしごしました(笑)。
我が家の元旦の慣例行事です。
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2006.12.29

友人のオフィス準備お手伝い

11月頃から友人の新しいオフィスの準備してます。
設計というよりお手伝い、という感覚。友人のお父さんが、自分の趣味部屋として以前日曜大工で改装していたスペース(デスクも手づくりです)を、彼女のオフィス用にコストを睨みながら整えるというもの。
彼女の場合接客は外で行うので、ここはペーパーワークをする場所。シンプルで肩のこらない彼女らしいスペースにするのが、今回の目標。

今週は大一番のペンキ塗りでした。月・火曜日と友人の家族総出で、水性ペンキのつや消し白で壁と天井を塗りました。あと、やはりお父さん手づくりのデスクも壁に合わせて白っぽいオイル系の塗料で塗装。
とくにお父さんの働きが素晴らしい!
本当にスムーズにペンキ塗り終了。
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おそらく初めて着たツナギ姿が、なぜかしら板についている友人。

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昨日は電気屋さんに新しい照明器具をつけてもらいました。
ライティングダクトと白熱灯のスポットライト5灯。以前は蛍光灯だったので、新しいライティングでぐっと雰囲気が変わりました。これに加えて作業机にはデスクライト(今回はバイオライトを購入)を取付け、明るさを採ります。

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Cerca04
友人は旅行業で起業。
彼女が新しくスタートする場所が少しづつ整ってきています。

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2006.12.26

好きで住まうことが大切

一昨日は知人のはからいで、東山区のとある路地にある長屋の家々を見学する。やっと2mくらいある路地に面して可愛らしい長屋が立ち並んでいて、そのうち6軒ほどは一人のオーナーの方が、ものづくりをする若い人たちに賃貸している。主に住居兼仕事場としてつかうことを前提として。
Roji01
私がここに訪れるきっかけになったのは、京都市内にやはり同じような長屋をもつ女性から、相談を受けたため。長屋というからには、隣の家と柱・境界壁を一緒にしているにしているのだが、彼女のもつ家はその共有している柱壁が傾いている。共有なので、柱壁を垂直する工事もおそらくままならず、あまり予算をかけずに直すにはどうしたもんだかと考えていたら、知人がこんなところありますよと、似たような構成の路地+長屋群を教えてくれたというわけです。

Roji02
昨日は、6軒のうちの3軒ほどにお邪魔して、そこで商っているお仕事について聞いたり、家をどんなふうにつかっているか、直したか尋ねたりしました。
私が単純に驚いたのは、私が相談を受けた長屋と同じように壁や柱は傾き、住人の方も「最初は酔った」というくらい床が傾いているのに(だから、キャスター付きの家具は置けないそう笑)、きちんと掃除されて心を込めて使われている家って、こんなに輝くんだということ!

なんともいえず、気持ちのよい空気が流れていました。
お気に入りのものを大切に扱うように、家も大事に住まうと、その扱い方が正直に見えてくる。
こう書いてる今も、その部屋の感覚がよみがえってきました!
ものを丁寧に扱うって、ほんと気持いい!
モノから空間が滲みでてました。

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2006.12.25

週末講義その4…“話すことは、その人の力になる”

「話すことは、その人に力になる」

講義2日目は出席者は講師を含めて10名、昼休みを挟んで5時間、ほとんどが皆でのディスカッション。
講義の始めのあたりで講師の方が皆に言ったのがこの言葉だった。

「書くことは、その人の力になる」
っていうのは、このブログと別のブログ“地球アパートメント”を綴り始めてから個人的に実感している。
自分の考えてることを、なんとか文章に置き換えることによって、ぼんやりしていたものに、輪郭が出来てくる。
文章に置き換えることによって、思考の矛盾がみえてきたり、結局のところ自分は何かいいたいのかも、書いてはじめてわかったりすることだってある(笑)。

そういえば今回、ディスカッションするテーマを決めるために、参加者のコメントをひとりづつ黒板に書いたことがあった。
「書いてみると、その言葉と自分の距離がとれる(客観的に見れる)。」
とのことだった。
文字に落とすというのは、ブログでもメールでもなんでも、そういう効果があるのだろう。

では、話す(言葉を発する)こととは、いったいどんなもので、どんなふうにその人の力になるのだろうか。
考えてることを、唇から発することによって、思考をリアルなものとして起こし、その重みを自分で背負うってことだろうか?

「話すことは、その人に力になる」
という言葉を聞いた時に、とても気持が高揚したのだけど、どうしてそう思えたのか、ここまで書いてみたけど、まだ説明できません(笑)。

Moss
わけわかんなくても、とりあえず惹かれたものは撮ってみる、というのも自分の力になっているような気がします。
たいてい理由は後で見つかります。いや、あとで理由をつけてるといった方が正しい?

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2006.12.19

週末講義その3の2…“自分に蓋をしない”

昨日の“自分づきあいを大事にする”の補足。
自分づきあいを大事にする、とは

“自分に蓋をしない”

つまり、昨日使った言葉で言えば“自己(=本当の自分、本音の自分)”を見ないふりをしない、ということ。
“自己”を無いことにしない、ということ。この考え方からすると、“個人”とは、自分が思考してつくっているものであったり、自分のことを見る他人が形づくるものであったりするのかもしれない。

それから自分に蓋をしない、とは、自分の気になる(=気に入った)ものごとに

“うっとりする能力”

を発揮することでもあるとのこと。
つまり、自分の感情・感性を活性化しておくことなんでしょうか…。

Hikidemonoうっとり能力に長けてるなあ、と思う友人の結婚式のこだわりの引き出物。イタリア製エキストラバージンオリーブオイル、京都老舗の亀の子たわしと美しい干菓子。

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2006.12.18

週末講義その3…“自分づきあいを大事にする”

社会にでて、会社で働くことについての話題からきたのだろうか、

“自己”と“個人”は別であると考える方が楽である

と、講師の方が図で説明してくれた。

この場合、

“自己”とは感情部分の自分、
“個人”は思考を使って社会に対峙している自分、

としている。図では“自己(感情)”をオブラート状に“個人(思考的な自分)”が包み、“個人”が社会(また、会社)と接している。

端的な例だけど、会社の指示で自分の意にそぐわない仕事(たとえばノルマがきつすぎる仕事)を与えられ、やり遂げなければならないとする。
通常会社に雇われている以上、

その仕事はやらないといけないとするけど(=個人、思考的な自分)、
“意にそぐわないでいる自分がいる”ということ(=自己、感情)を、

自覚していることが大事ということだ。

「あ、自分は納得しないでいる」とか「自分は悲しんでいる」とかの“自己”にもしっかりつき合うということが大事ということ。
自己のない個人ほど、空虚で面白くないものは無く、自己を無理に押し殺し見ないふりし続けると、体にだって変調をきたしてしまう、とのことだった。

それにしても社会に出る前の学生が、この“自分づきあい”について、こんなに明解に知る機会に遭遇するなんて、凄くラッキーだよなあと羨ましく思って、それを同じ講義をうけてた知人に話したら、

「それは今のあなただから、すごくラッキーだと思うのであって、
学生はそこまでリアルに理解できるかどうかは、わからないよ。」

という、コメントが返ってきた。
そうか、そうなのか…。受け止めるタイミングってものも、確かにあるよなあ。
でもすごくいい説明だったから、凄くリアルに理解できなくても、この

“自分づきあい”

という図式は忘れないはず。


Seri

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2006.12.17

週末講義その2…“桃の色”

ある著名なデザイナーが、スタッフに色を指示するときに、
「はい、これで」と、実物の桃を渡したことがあったという。

このエピソードをもとに講師、学生皆でディスカッション。
「色っていっても、実物の桃だったら1色じゃない。」
「色はもちろん、重さだって、香りだって、それに熟れ具合とか、実物の桃には、いろんな情報が詰まっているよね。」
「それを受け取るひとによって、感じ取る色が違うはず。」
こんな感じで、いろいろな意見がでる。

その中で聞いてハッとしたのは、ある学生が言った、
「桃を渡すことによって、色についてスタッフとコミュニケーションを始めようとしているんじゃないのかなあ。」
というもの。

つくりたいものが、なんとなく自分の中で(色に限らず)桃のイメージがあるとする。
そのような時にはスタッフと桃を眺め、観察しながら、お互いの感性を開いて交換し合って、面白いと思うものを探っていく。

物事の進め方というものは、様々な方法が存在して良くて、この場合は閉じていない、両方向意思伝達が可能な進め方といったらいいのだろうか。
桃を渡すのは、指示ではなくてコミュニケーションの始まり。
コミュニケーションを取ることを前提として、時として緩いイメージから始めて見るという方法。


Ringo

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2006.12.14

週末講義で貰ったもの… “生活とインプット”

先週末にユニークな講義に参加する機会に恵まれました。
講義といっても堅苦しいものではなく、講師の方が自分の仕事を通して、ものづくり(ひいては仕事)について話し、その後に皆でディスカッションするというもの。
その方の仕事は前々から見ていたのだけど、仕事のプロセスや仕事に対するスタンスを、まとめてつぶさに聴くのは初めて。本当にノートに書き留めたいばかりで、二日間の講義終了後は、頭の中は飽和状態。いっぱいいっぱいでした(笑)。
今から書くのは、その講義の中でしっかり心に留めときたいなと思ったことのひとつです。


その講義の前日に会った友人が

“私は生活を大事にしている人と仕事がしたい”(だいたいこんな言葉だった)

と言ったのを聞いて、“うん、確かに生活は大事にしたい”と普通に受け取った。
前々から生活を大切に送るのは大事なことだと、自分でも漠然と思っていた。

そして週末の講義で

アウトプット(=何か作り出されたモノ、例えばデザイナーによってつくりだされたモノ)は
インプット(=その人の観察力、感受性によって受け取っている情報)があってこそ

という、言葉を聞いて、

“生活することとは、インプットそのもの”

なのだと、実感しました。
何か特別な体験をしたり専門の勉強をして情報を得ることだけが、インプットではないということ。
だから、日々の何気ない生活を丁寧に送ることが実は大事、ということ。

シンプルなことなんだけど、自分の中では“繋がったー!!”という目からウロコ的な出来事でした…。

Hana
“私は生活を大事にしている人と仕事がしたい”といった友人のすまいは、いつもすがすがしくて、とても心地よくて、リラックスしてしゃべり過ぎてしまいます(笑)。

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2006.12.12

重森三玲庭園美術館、見てきました

金曜日に松下電工の汐留ミュージアムで「重森三玲の庭」 展を観たが、本日は京都の重森三玲庭園美術館に友人と訪れる。
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Shigemori_g01jpg
もとは京大近くの吉田神社の社家鈴鹿家所有の邸宅であったものを、重森三玲氏が譲り受けたもので、庭園、茶室等は氏の設計。(元来からあった樹木なども一部残っている)

庭に足を踏み入れた瞬間に、とにかく庭の密度の濃さに衝撃を受けてしまう。
庭と書院の密度が6対4あるいは7対3くらいで、石とか砂利とか樹木とか庭の方がモノ密集率が高いくらいの印象、建物負けそう(笑)。それなりに背のある石がめいっぱい配置されているからか、敷地いっぱいいっぱいに“強い”モノが詰め込まれている感じ。

管理の方の解説で、石組みは通常の自然の石が形成されている状態とは異なって、堆積層の模様が垂直になるように、石が設置されていることを知る。(これが庭づくりの定石か?)
それで、ますます石の印象が強く感じるでしょう、今迄体験したことないような、強烈な密度の庭空間でした。

Shigemori_g03jpg
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書院に取付けられていた灯りが、空間に対してあまりにもぴったりなので気になっていたら、この間のために三玲氏の友人であったイサム・ノグチがデザインした照明とのことでした。納得、納得。

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2006.12.05

「うん、これ!」と思うコーヒーカップ_白山陶器M型シリーズ

前々から、ずっとお付き合いできそうなコーヒーカップを探していましたが、やっとやっと見つかりました!
見つかったというより、それに決めたという方が正しいかもしれませんが…。

欲しかったコーヒー+ソーサーは、形がごくシンプルで、コーヒーが引き立つようにカップの中が白で、飲み口が薄めで(個人的には、薄いほうが味がしっかり感じられる気がします)、入るコーヒーの量が多すぎず少なすぎず、買い足しができるようなある程度定番商品のもの、そして高価すぎない(笑)もの。

ずっと候補だったものはiittala社のTeemaシリーズのcup&saucer
この商品は、スタッキングもできるし、形もすごく好みだったのだけど、個人的に一つだけ躊躇していたのは、カップが少し大きめであること。
私は大のコーヒー好きなので飲めてしまう量だけど、普通の人がみたら、少し多めかなと思う量ではないだろうか。

でもそれ以上気に入るものが見つからず、どうしようかずっと考えていたのだけど、つい最近白山陶器のコーヒーカップを天保山のサントリーミュージアムショップでみかけ、「うん、これ!」と思わずその場で買いそうになってしまった。大きさも理想的だし、形もごくシンプルで、絶妙の安定感のある形が何ともかわいらしい。思わず手にとりたくなるようなボリュームをしてます。
でも、購入を思いとどまったのは、カップをスタッキングできなかったため。
それから何週間か迷い、周囲のこだわり人に訊いてみたりしたけど、結局これが自分には合いそうな気がして、まず白山陶器からカタログを取り寄せました。それが届いたのは、今週始め。カタログの大きな写真で再度カップの感じを確認して、このM型コーヒーカップにを決めました!
来年始めに何客か購入しようと思います。
これで朝のコーヒーがもっと豊かになるかなあ…。

Mgata
私は不勉強で知りませんでしたが、このM型コーヒーカップは著名なデザイナー森正洋によってデザイン、1973年のグッドデザイン賞を受賞しているものでした。ちょうど今年復刻商品として再販売されることになったようです。色は白と青、2色あり。白を購入の予定。

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2006.12.02

事務所登録しました

最近、parammmを1級建築士事務所として登録しました。
まだ1級建築士でなければ出来ない仕事は受けてませんが、新しくつくった名刺に載せるため登録。
現実の状況としては何も変化は無いけど、自分の中では「スタート切ったかな」という気持ち。不思議なもんです。

Jardi_botanic01
好きな建築家の一人、Carlos Ferraterの魅惑的なランドスケープ、Spain,Barcelona,Jardín Botánico

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2006.11.23

その人のことをいろいろと覚えていたい

最近気付いたことがある。

昔は一度会った人の顔やら名前やらを全く覚えられない、ある意味ヒトに無関心(?)とも思えるような私だったけど、最近は会った人と交わした細部の会話を結構よく覚えている。私にしては。(笑)
話題になったその人の家族のこと、好きなもの、やりたいこと、思い出話等々…。

なぜなのだろうかと、少し考えてみた。
思い当たるのは…

まず、自分の仕事(建築のデザイン)は、ひとりでは絶対出来ないということを実感として感じるようになり、自分と関わってくれる人がいかに大切か、理解できるようになったから…じゃないだろうか。
でもこれって、本当なシゴトだけではないですよね。
人生もそうです。おおげさに聞こえるけど(笑)。

もう一つは、最近の私はとてもラッキーで、その人のことを多く覚えていたいというような、素敵な人に日々会ってるからじゃないだろうかと思う。


昨日は自分の誕生日で、昼と夜に素敵な友達と一緒にご飯食べ、祝ってもらいました。
後者の方の理由は、その時にあらためて噛み締めた感じ。
自分でいうのも何ですが、なかなかよいバースデーでした。

Ishigaki_akashi
昨夜はひさしぶりに沖縄料理食べました。豚肉と茄子の味噌いため、もずくの天ぷら、島ラッキョウなど頂きました。(写真は今年のゴールデンウィークに行った石垣島の宿の食卓です。)

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2006.11.07

私もいつかこんなふうに作れるだろうか

今日は知人の書家の方のご紹介。

私が一番はじめに目にした彼女の書は、

「心」

「こんな書があるんだ!」と心を掴まれてしまいました。
描いた時の気持ちと、その人の人柄(ユーモアのある)がダイレクトに伝わってきて、すごく惹かれてしまった。

そのあともブログにアップされる度に、ユーモアたっぷりの書を楽しんでいたのですが、ある日衝撃をうけたのは、

「ぽたり赤いやつが水の上に落ちた」

の書でした。
この艶っぽさといったら…。「心」や「雨」「月」を描いた方とは、思えません。
こう、人間としての広がりや、深さを感じさせるというか…。
彼女の書を見て、私もいつか、このような“広がり”や“深さ”を感じさせるようなモノづくりをしたい、と思ったのでした。


彼女は師範免許をもち、今年からフリーで活動開始。
筆文字のロゴデザインなどもされています。
ブログで彼女の書家としての活動と書を知る事ができます↓是非、訪問ください!
書家Naokoの徒然帖 〜筆文字・書のこと・日々のこと〜

2006.11.02

椅子の張替え@アルゼンチン

昨日に続き、家具のリフォームのお話。
今回のソファの張替えの場合は、ちょっと複雑な張り方をしていたけれど、扱っているメーカーが判明して現在も存続していたので問題なしでした。

ソファを最初に見たときは、外国製らしいのロゴマークが入っているだけで他は何も情報がなく、「メーカーがわかるだろうか…。」と考えていたんですが、その時に前に読んだ記事を思い出しました。
それはアルゼンチンの「椅子の張替え」記事。あちらでは、椅子の張替え屋さんが、当たり前のように街に並んでいるようです。
張替えの様子や、ビフォア・アフターもわかります。コチラをどうぞ。

アルゼンチンでは、これまだ使えます!「椅子の張替え」

「アルゼンチンでは、これまだ使えます!」では、他にも面白い記事が載ってます。
書いた方はアルゼンチンのリフォーム事情を、

「良いものを手入れして長く」ではなく、どちらかというと「ケチ」という表現のほうがあっている

と書いてますが、それも充分良し、だなと思います。
とくに面白かったのは、“中古建材専門店”編で書かれていた

中古品は“単なる使用済みの製品”という視点ではなく、“今の時代とは異なるスタイルの製品”という観点で市場に出回っている

という内容のもの。
今の市場にはな無いある意味“希少な商品”ということですね。
どう希少かは、見る人によっても異なってくるのでしょう。
自分なりの視点を持てたら面白いですね。

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2006.11.01

家具と永くつき合えたら

最近知人から受けた相談。
「新しいオフィス用に家族から古いソファをもらうのだけど、永年の使用で張り地が汚れているので、はりかえたいのだけど…。」
というもの。

先週末、その知人と実物を確認したのだが、話に聞いていた通り本来から品質のよいもの、そして飽きのこないシンプルなデザインで、張り替えたらまた新しい表情で永く使えるものと想像できた。

著名デザイナーによってデザインされた家具を購入するのもいいけれど、今回のように知りあいが永く使っていた家具を譲りうけリフォームして使うのも、とっても魅力的だと思う。やはりその家具が過ごした時間というものは、どんなに素敵なデザイナーズの家具(新品)でも、表現できない雰囲気があると思うから。それから現在に至るまでのストーリーも。これは、お金では買えません…。

今回の場合は、木部が日に少し焼けていましたが、傷や汚れはほとんどなかったので、張り地を変えたら若返るような感じになるでしょう。現在は少しバックスキンのような風合いの布ですが、知人の好みでざっくりした布地に張り替えるかもしれません。表情も全然かわるだろうなあー。
かなり楽しみです。


私自身も、両親が結婚祝いに上司から贈られたという椅子を譲ってもらい、引越のたびに持って歩いてます。↓
なんの変哲もない、ちょっとゆるめのデザインが好きです。木部の塗装が、木目をつぶしたようなニスで、それだけ気に入っておらず、剥がしてオイル系の塗料で塗りたいと思っています。いずれ。
Kagu

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2006.10.09

豊かに暮らすってどういうこと?…ヨガ・生ピアノ・空間

Yoga01今週の土曜日にヨガ(ビジョンヨガ)初体験。
正直なところ、ヨガにとても強い興味を覚えていたわけではないのだけど、知り合いの方が開催するイベントだということ、素敵な空間で生ピアノ(即興!)にあわせて行われるときいて、妹を誘って参加。
ビジョンヨガはもちろんのことヨガも初体験で、ちゃんとできるのだろうかと事前は少し心配していたのだけど、講師の方の丁寧で心地よい声の誘導と、それに絶妙に合った生ピアノで、難なくすっと入っていくことができた。型がきちんとできていたかどうかは別として…(笑)。

指圧やストレッチなどの自分自身による身体への働きかけによって「自分の身体をしっかりと意識する」が今日体験したこと。自分自身の身体でありがながら、普段はこんなふうに意識することは無い。ピアノの音を聴き、素敵な空間に身をおいて、身体の隅々に自分の意識を流し込むことによって、身体に何かが通ったようで、新鮮で満たされた気持ちになりました。
ピアノが流れる中、講師の方が穏やかな声で「こころと身体は繋がっています」というような言葉を繰り返されていましたが、それを「なるほど」と実感するような体験でした。

Yoga02

会場はこんな素敵な邸宅でした。
Yoga04_s

Yoga03_s

Yoga05_s

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2006.08.15

西陣町家スタジオ見学してきました

西陣町家スタジオは、私が入居しているチャレンジオフィスと同じくインキュベーション施設です。(運営機関は異なります)前から興味を持っていたのですが、先々週、ある縁で見学させていただけたので、ちょっとレポート。

とてもインキュベーション施設とは思えない、趣きのある玄関まわり。正面の戸は、おくどさんへの入り口で、本当に玄関はこの戸のすぐ右側です。
Machiyastudio01
靴をぬいであがりました。
1階はギャラリーや集会所(続きの広間)で、2階に企業がはいってます。たしか6社ほど。この日出勤していた2社の方に仕事中お邪魔して部屋をみせていただきました。お会いしたのは、2社とも私と同じ歳くらいの起業家の方。グラフィックの事務所と、HP制作やネットのシステムづくりをされている会社の方でした。
下の写真は共有の打合せ室。間仕切りが襖なので、音は筒抜けのようですが…、なんとも風流です。
この日は暑かったけど、“冬のことを考えると2階がオフィスで正解”などと、いらぬ安堵をしていた私でした。
京都の冬は底冷えがきつい上に、町家でしたら寒さは尋常じゃありません、たぶん。
Dscn0006

下はもと“おくどさん”を改装したギャラリー。ちゃんとデザイナーの手がはいっていますね。
天井が高くて、展示空間にはもってこいです。
Machiyastudio02

このもと住宅の施設は、広い庭もついていて、手入れは付近の大学の造園学科の学生がやったりするそうです。
それもなかなかユニークな町家への関わり方だなと、感心しました。

あまりに風流な施設なので、「私も入りたいなあ…。」と内心考えていたら、案内してくれた事務局長の女性が、「家賃がすごく安いから、期限がきてこの施設を出てから、独り立ちできないケースもある」と教えてくれました。(暗に釘をさされた?笑)固定費もちゃんと見越して事業計画を立てねばならないということですね。
って人のことを行ってる場合ではないです、私が今入っているとこは、もっと安いんだった…。


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2006.08.01

素材に触れる楽しみ

日曜日に2回目の空間系セミナーを無事終了。
セミナーの内容は、各種の素材(仕上げ材)を見て触れて、特性をある程度知ってもらい、最終的には自宅の何処かをリフォームするという仮定で好きな素材(仕上げ材)を選んでもらうというもの。

心掛けたのは、「とにかく楽しんでもらうこと」。
当たり前といえば、当たり前の事なのだけど、前回は自身初めてのセミナーで、段取りが少しおぼつかったことを差し引いても、盛り上がりに欠けるなあ、と思っていた。

そんなわけで、このセミナーで楽しんでもらいたかったのだけど、その楽しみとは、
「とにかくたくさんの素材(仕上げ材)に実際に触れてもらうこと」
だった。

今回揃えた素材は主に自然素材の仕上げ材。
自然素材はメンテナンスがしにくいのではという感じをもたれがちだが、機能を理解した上でその空間にあったものを選定すれば、風合いがよいのはもちろんのこと、メンテナンスもさほどではなく、長く使えて結局はコストパフォーマンスがよい、ということになる。 長く使えるということは、再リフォームする必要がなく、廃棄物がへるという、環境的なメリットにもなります。

無垢板のフローリング、コルクタイル、ココヤシの床材、ウールカーペット、しっくい、珪藻土塗り等々、それも種類や色の違うものをそろえて、実際に手に取ってもらって、触ってもらった。
セミナーに来て頂いた方に、おそらく一番おもしろがって貰えたのは、同じフローリングでも樹種によって触れた時の感じが全然異なるという体験。
無垢板で杉、ヒノキ、ナラ、バーチ、カリン、イペ(デッキ材)を揃えていたのだけど、例えば、杉とカリンをふれてみると手に感じる冷たさ(温かさ)がまったく違う、ということを体験してもらった。手に触った時に温度が異なるような感じるのは、樹種によって、木の細胞の大きさが異なるためで、杉は荒くカリンは密、実際に冬に素足で歩いた時に、とても顕著。杉は冷たく感じないのです。(ただし、表面を均一にならしてしまう塗装をした場合はその効果はほとんど無い。)
「あーホント、(冷たさが)全然違う!」
という反応に、講師としては内心とても嬉しかった(笑)。

こんな感じで、なんとか1時間半のセミナーを終えました、
今後もセミナーをやる場合は、知識を頭に詰め込むというより、こんなふうに感覚を使って何か吸収するというカタチのプログラムを組んでいけたらなあ、と思ったのでした。
うん、そういう方が、私にあっている。

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2006.07.29

久しぶりのトリップ

Cafe01s_1

一昨日に友人と枚方市にある某洋裁学校にいく。
友人はここの洋裁学校を見学するのが目的、私の併設のカフェでお茶を飲むのが目的。

去年の夏に訪れた時と同じように、敷地内は草ぼうぼう。昔の木造の小学校のような小さな校舎が建っていて、その裏手に半ば打ち捨てられたような小さな小屋(カフェの人、ごめんなさい!でもそれがとても貴重だと思ってます)があってそこがCafe。
最初友人に連れてこられ来た時は、「え?ここホントに大阪?」みたいな衝撃をうけたという、トリップ具合です。
ここに着くまでは、久しぶりに会った友人と最近考えていること、これからやりたいことなど、いろいろ喋っていたけど、カフェの席に着いたら、この雰囲気に負けて脱力。
少し汗をかきながら、気怠く心地よい夏の午後を過ごしました。

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2006.07.22

住まいづくり*仕事場づくりに大事なコトとは?

Kichen
私の中では、“みんなで料理できるキッチン”は、ウェイト高し。


現在、parammmのHP用に「空間づくりチェックシート」なるものを作成中です。これはシート化してなかったものの、前の設計事務所で住宅設計依頼時に、同じような質問をお客さんにしていました。

「何畳のリビングが欲しいですか?」
「どんなシステムキッチンがいいいですか?」

という質問で無いところが、ポイントです。
よければ試しに

「新しい住まいを手に入れる」
あるいは
「新しい自分の仕事場を用意する」

という前提で質問に答えてみてください。
全部やっていると結構時間がかかるので、最初の3つの質問をやるだけでも。

------------------------
□家で何をしている時が楽しいですか?
/仕事場では、どんな時が楽しいですか?(例;デスクに向かっている時/接客している時/ミーティングしている時)

□日々の生活の中で(日々の仕事の中で)大事にしたいと思うことは?

□新しい家(あるいは仕事場)に是非やりたいことは?また、望むものは?

□現在お住まいの家(あるいは使用している仕事場)で、不満におもっていたことがあったら教えてください。

□平日の過ごし方は?(家族それぞれ)/平日のだいたいの仕事スケジュールをおしえてください。

□週末の過ごし方は?(家族それぞれ)/週末のだいたいの仕事スケジュールをおしえてください。

□家族や友人はどの程度訪ねてきますか?宿泊しますか/仕事上の来客はどのくらいの頻度ですか?

□椅子派?畳派?/仕事場については特に質問なし

□ベッド派?フトン派?/仕事場については特に質問なし

□よく作る料理は何ですか?/仕事場については、仕事場で料理をしますか?するならどのくらいのものをつくりますか?

□好きな料理、飲み物を教えてください。

□好きな素材、好きな素材があったら教えてください。

□趣味は何ですか?あるいはこれからやってみたい趣味は?

□好きな本、音楽、映画、アートなどあれば、教えて下さい。
------------------------
上の質問のほか、以下のことも尋ねます。

□家族構成を教えてください(同居する家族)。将来同居の可能性があれば、その方についても。

□どんなお仕事をされていますか?差し支えなければお伝えください。
□特に大きな家具等があれば、(これから購入するものも含めて)お伝えください。

□持ちもので特に専用の収納、置き場所が必要なものはありますか?
本が多い、アウトドア用品等々。

□特にリクエストがあれば、お伝え下さい。

こんな質問を投げかけて、建築家とお客さんのキャッチボールがはじまります。
そのキャッチボールの中で、お客さん自身に

「自分が一番大事に思っていて新しい家(仕事場)で体現すべきコト」

を、見極め(発見し)、選択してもらうことが、質問のねらいです。
また、その大事にすべきことは一番以下があるケースも多いので

「優先順位」

をつけていくということも。
建築家は、キャッチボールをしながらアイデア(ときにはお客さんが考えつかないような)を出したりしますが、最終的に“決断”するのは、そこで暮らすひと。
それをサポートするのが、建築家の役目です。

上の質問をやってみて、もしよければ「一番大事にしたいこと」を書き込んで頂けると嬉しいです。
楽しい家、寛ぐ家、自分が充分に働けるスペース、想像してくださいね。

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2006.07.02

チャーミングなメキシコのアルテサニア(民芸品)_素焼きの天使

Angel
前回上京時の濃いメキシコ会合で、幾つかのメキシコのテキスタイル、シルバーアクセサリーを見せてもらい、あらためてメキシコのチャーミングさ発見!

私の中でのメキシコのアルテサニア(民芸品)のキーワードは、
「ビビッドな色彩」
「ざっくりとした風合い」
「なぜか懐かしい感じ」。

しいていえば、体にずしっとくる
「リアルなモノ(素材)」
でしょうか。

あ、でもそんな風におもいながら、いざ目にすると単純に
「カワイイ!」
って、興奮するだけなんですけどね(笑)。

メキシコにあんまり興味の無い方でも、エスニック雑貨は!という方は時々このブログ、訪れてくださると嬉しい。
ちょこちょこ更新しようと思います。

まずは、昔Oaxaca(オアハカ)滞在時に一目ぼれして購入した、天使の置物。
釉薬をかけてない、素焼きのものです。
ちょっととぼけた表情といい、素焼きの素朴さといい、メキシコ度100パーセント!と出会った時思いました。
素焼きゆえのこわれやすさで、日本におくった時には羽根などが割れていましたが、接着剤でなんとか復元(笑)。
割れた跡があっても、何ものにも代えがたい、連れてかえってきた“メキシコ”です。

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2006.06.10

豊かに暮らすってどういうこと?…自分の庭のハーブ

豊かに暮らすっていうのは、一体どういうことなんだろう。
カタチのあるモノ、無いモノ、時間・空間にとらわれずに何でも揚げていこう、その2


前に住んでいた借家は、小さいながらも庭付きだった。
そこで、初めてガーデニングに挑戦。どうせ育てるなら食べられるものがいいと、ハーブをいろいろ植えてみた。
バジル、コリアンダー、チャーピル、レモンバーム、ラベンダー、カモミール、フェンネル、唐辛子、ペバーミント、レモングラス等々。
そしてハーブが育つと、至福の時がやってくる。
夕飯時に「ちょっとハーブが欲しいな。」って感じで、庭に出てコリアンダーなんかを摘むことができる!
こんな摘みたてハーブをすぐに食卓で食べることができるって、すごく贅沢な気分だった。
バジルの時期が終わるころに、バジルを株ごと採って、自家製ジェノベーゼ・ソースをたっぷり作った時も、とっても豊かな気持ちになったなあ。
小さなことだけど、かなりの豊かさを与えてくれる自家製ハーブ、でした。

Yoshida
写真はかつて京都の吉田に住んでいた友達のキッチンにて。このあたりは時々野菜売りの行商が来るとのこと。
賀茂ナス、トマト、キュウリとも、とっても美味しそう。
こんなふうに野菜(一応、京野菜?)を家の前で買えるのも、“豊か”かな。

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2006.06.09

豊かに暮らすってどういうこと?@京都御所

豊かに暮らすっていうのは、一体どういうことなんだろう。
カタチのあるモノ、無いモノ、時間・空間にとらわれずに何でも揚げていこう。

例えば昨日は、用事があって、河原町今出川あたりに出掛けた。
用事を済ませたあとは、地下鉄に乗ってオフィスに戻るために、御所を北東端から南西の門まで、つっきって烏丸丸太町の駅に向かう。
その場合の私のルール。
「歩行用の砂利道や小道はなるべく歩かない。」
「樹や草が茂っているエリアを選んで歩き、なるべく大きな樹の下を通っていく。」
そうすると、こんな風景を見ながら歩くことになる。

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この体験が特別なことではなく、普段の出来事とできたら、それはとっても豊かな生活だと思う。

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2006.05.17

アドバイザーの方がターゲットでした。

昨日、京都府チャレンジオフィスのアドバイザーの方(3人)に面接して頂きました。
事前に配布されたチェックシートに従って、自身の事業内容「女性向けに特化したマンションリフォーム(すまい・ショップ・オフィス)の設計」について現在の進ちょく状況、そして今年1年間の目標を伝え、そして今後の自分の課題について、それから京都府からサポートしてほしい項目についても説明しました。

自分として面白かったのは、7月末に行うセミナーの内容(たたき)をアドバイザーの方に伝えた時のこと。
今回のアドバイザーの方は全て女性なのだけど、そのうち二人は私の事業の顧客ターゲットにほぼ当てはまっているのでした。
かなりかいつまんで、3物件のビフォア・アフター(前の事務所で手がけた物件)を紹介し、セミナーで同様のことを説明し「自分が納得するものを見つけるには、ディテールからではなく、もっと根っこから考えてみると、オンリーワンで楽しいデザイン(解決策)になる可能性大」ということをレクチャーする予定だと伝えました。
そのうち、小さな事例ではあるけど、キッチンの例えが解りやすかったようで、「なるほどー。」あるいは「うん。うん。」のような反応を頂けたのは嬉しかった。

それからもう一つ重要なコメントを頂いた。
「専門家による購入前のサポートがあると、とても安心。」
ということ。
これは、2月の一日起業塾のあとの懇親会でも寄せられたもの。
ここでいう、サポートとは、デザイン的なものより、耐久性、構造、メンテナンスの観点からみた場合の意味合い。
それを第3者的な立場でアドバイスしもらいたいということです。
リフォームする以前に、安心して購入できるマンションがなければ、話が始まりません。
とっても参考になった意見でした。

はい、もっと勉強して、そこもきっちりサポートします。(汗)


Kichen_1
テーブルみたいなキッチン。カウンタートップはブビンガという木で作ってあります。
みんなで料理をつくるのが楽しいキッチンです。(コンロは別のところにあります)

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2006.04.26

かなり狭いターゲットに思えるけど…

本日の日経新聞に掲載されていた賃貸マンションの記事です。

「フランスベッドグループは5月1日、高齢者と独身の子供の二世帯同居家族専用に、デイサービスセンターを併設した全国でも珍しい賃貸マンションを大阪枚方市に開設する。…」
独身の子供というのは40〜50代の男女を想定しており、ホームヘルパーが24時間常駐しているので、彼らが仕事に出かけても安心して親の介護を任せられるというもの。有料老人ホームに比べ入居時の出費が少なく、賃貸なので引き払いが簡単、親と同居・仕事と介護の両立に悩む人に気楽に利用してもらいたいとのこと。

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40〜50代の独身者とその親、というターゲットはかなり狭いように思え、賃料も大阪枚方市の相場からすると倍額程度のようだけど…。
まず40代の子供の親にもう介護が必要なんだろうか?と思ったけど、両親のうち一人が持病など煩っていて介護が負担になりがちであるというのなら、理解できる。また、家賃は決して安くないが、段差が多かったり寒い家をお金をかけてリフォームすることを考えたり、お互いの家の行き来の時間や交通費を考えたら、かなり高額であるともいえないかもしれない。なにより毎日相手の状態がわかるのは安心。
公共交通からの利便性は掲載されていませんが、月額家賃は約60平米(小さめの3LDK)タイプが17.8万、76平米(4LDK)タイプが21.2万円、+入居一時金300万円必要とのこと。6階建て、25室。

みなさんは、こういうマンション、使い勝手・家賃等などからみて、どう思います?
いずれは向き合うことになる両親の介護ですので、私は興味あるんですが…。

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2006.04.21

お掃除が大事なようです

昨年の夏なんですが、栃木県の益子にあるSTARNETに知人の展覧会を観に行きました。
ここには素敵なショップ、美味しいものが食べられるカフェ、Zoneというギャラリー等に使われるスペースがあります。関東の方ならご存じかもしれないですね。

この展覧会にいった目的は、風灯をみること。
風灯とは?詳しくは→コチラ
Foto_03
Foto_02
この日の夜はよく風が吹いて、風灯がよく灯りました。

ところで、このZoneというギャラリーの建物、古民家の骨組み(解体したもの)をベースにして、新築したものだそう。京都の建築家の方が設計とのこと、デザインも素敵ですが、使っているオーナーの方の美意識も強く感じました。
どの空間も美しい!すがすがしい!とにかく気持ちがいい!
Starnet01
後で展覧会をした知人から聞いた話ですが、毎朝ここの建物をスタッフ全員で隅々まで掃除をするそうです。今思い出してみても、チリひとつ落ちてない感じでした。ギャラリーは土足で上がる場所なのにもかかわらず。
トップライトから降りそそぐ光も重要ですが、それに照らされてる空間がキレイでなければ、こんなにすがすがしく感じないかもしれません。
その「掃除を皆で行う」というのもいいなと思います。建物やモノを丁寧にメンテナンスしつつ大切に使っていると、目に見えるものとして現れてくるような気がします。(身近なところでいうと、オイルで仕上げをされた木製の家具、天然木のフローリングとか、塗りの壁とか…。)
単純に「丁寧にお掃除する」ていうこと、空間自体のデザインよりも大事かも(笑)。
Starnet02
ギャラリーとして使われていたスペースの前庭も素敵でした。大谷石が敷き詰められていました。確かこの石も古材だと聞いた気がします。

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2006.04.19

チャーミング!な空間

para mujeres(パラ・ムヘーレス)的に紹介したいチャーミングな空間、これから度々アップします。これらの記事が、住んでいる部屋のインテリアの参考になったり、将来暮らす住まいのデザインのヒントになれば、と思います。

ビシッと決まってるデザインも好きなんですが、性格でしょうか、ちょっとヘンテコだったり、ユーモラスな空間についつい目がいってしまう私。今日は、おもちゃ箱をひっくり返したようにユニークなスペイン・バルセロナのお店のインテリアを紹介。

ここは「Air Shop」というお店。さまざまな形のオリジナル・バルーンを販売しています。このお店の得意技は、バルーンの中に、いろんな素材を仕込むことができること。お客さんが入れたいものを持参して、バルーンに入れる、というサービスもしている。(特注の場合は3日くらい時間が必要といってました。)
私がいいなとおもったものは、20センチ四方の透明クッション状ものに、写真を封じ込めていたもの。バルーンはまさにフォト・フレーム。プレゼントなんかにいいなあ、と思いました。
Airshop01
画像の下の方に、透明なバルーンに入れられた、ワインボトルがありますね。バルーンを切らないと、飲めないですよねー(笑)。これもプレゼント用、あるいは記念用ですね。


Airshop02
このお店の空間で面白いと思うのは、ふわふわ軽く、つるつる、カラフルなバルーンと、コンクリートのような吹き付け(?)・レンガの重量感があって、ごつごつ、モノトーンのような押さえた色彩の内装、という対照です。
それでどちらの素材(バルーンと内装)も活きています。甘さとクールさがあります。
店は大きく2室にわかれていたのですが、入り口のスペース(ピンクのバルーンのある方)は暗めのライティングで雰囲気をつくって通り行く人の目をキャッチし、もう一方(奥)は通常の明るさで商品を確実に見せる、という工夫もされていました。
ピンクの丸いバルーンは内部に照明が仕込んであったように思います。こんな風にすると、バルーンというよりピンクの光の球、という感じ見えますね。

2006.04.15

キャンドルとエコ

Candle
マヨルカ島でお土産に買った香りろうそく。火をつけると実はあまり香らない。


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昨日チャレンジオフィスの先輩、京都キャンドルさんのブログをみて、面白い記事があったので、それについて彼女に聞いてみた。
記事は「エコチャレンジコンテスト大賞受賞」である。
ブログには受賞したアイデアの内容が説明されていなかったので、それを尋ねてみたのである。

どんなエコかというと、夕食時に電気を使用する照明器具は点けずに、キャンドルを灯してその明かりでご飯を食べるというもの。何ともシンプル、でもとても楽しいアイデア。これで彼女は大賞を受賞した。
そのあと聞いた事後談等々も興味深かった。

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受賞したあとは、そのアイデアを一ヶ月実際に実行してみて、報告することになっていた。
彼女は二人のお子さんと夕食時に実行したのだが、ロウソク灯してのご飯は、子供にとってはさすがに雰囲気ありすぎのようで、毎日実行するには至らなかったとのこと。「子供はこちらの思う通りにいかない。」と彼女。子供の感触をみながら時々キャンドル・ディナーをしていたようです。
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「どのくらいの数を灯したら、ご飯が食べれる明るさになるか?」という私の問いに対して。
1本灯したくらいでは、ご飯の美味しさを目で確認できるような明るさでないのは、想像できたので聞いてみた。
「普通の(太さの)キャンドルで5本(5カ所)程度」とのことでした。普通の太さとは、ケーキの上に立てるような細いものではないです。少なくとも直径2センチくらいあるようなものだと思う。
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「電気は使用しないが、キャンドルの燃焼によって二酸化炭素が発生するので、エコでは無いのではないか。」という意見もあったようである。これについては、実際計算をしてみれば、どっちが(CO2の排出という観点で)エコであるかすぐわかる話である。個人的にも知りたい、と思う。
今の段階では、それははっきりさせて無いのであるけど、彼女としては別の意図もあり、子供達が
“電気で点く照明器具の明かり”と
“キャンドルの灯”、
両方知り、自分にとってその時々よいものを選択できるようにしたい、とのこと。
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うん、なるほど。これを聞いて、“ 100万人のキャンドルナイト”を思い出す。
ご存知の方も多いと思うけど、「電気を消して、スローな夜を」がサブタイトル。
確かに電気を消し、ほの暗くなることによって、時間の流れも目に見える場所としても、まったく異なったものになる。当たり前のように受けている文明の恩恵(?)を立ち止まって考える機会になるのだろうか。
サイトのこの画像の日本をみると、小さい国土なのに、すごく明るいが見てとれる。ちょっと驚き。

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