表紙に惹かれて、手に取った雑誌を開いてみたら、
表紙の佇まいを裏切らず、どちらかというとそれ以上の、紙面があった。
じっくり眺めたくなったので、創刊号を買ってみた。
(創刊号は昨年の6月であるから、すでに目にしている人もあるかもしれません。)
その雑誌、まだざっとしか目を通して無いけれど、
はっとするような言葉が幾つかあったので、拾いだしてみました。
生活が冒険になるデザイン
線をひいているときがある…。
なにかがいとおしくなったり、小さな光景を思い出したり、ときには不測の事態に陥ったとき。
それは、文字とも絵ともいえないものだ。
線のいるところは、「言葉」になりにくい言葉たちと、
「言葉」になりたい言葉たちと両方いる、へんなところかもしれない。
彼岸も此岸も、過去も現在もいっしょくたのような。
美しさは役に立つから美しいのではなく
美しいから役にたつ
生活の荒廃は、美意識の喪失から始まるのではないか。…(中略)
生活の時間、生活の空間そのものがなくなっている。
生活がなくなったのは、人と人、人ともの、ものとものをつなげる美意識がなくなったからだ。
つまりここでは、デザインとは生きる意思の別名となるだろう。
(“ここ”とは、この場面では、この雑誌のこと。)
昨今の「効率」はもちろん大事だ。
でも人生は、消費だけで埋め尽くされた生の時間ではない。
(雑誌 graphic/design より)
これから、この言葉たちを頭のなかでちょっと反芻してみます。
そして、この雑誌のたたずまいが、
「美しいものってなんだろう、もっと美しいものを見てみたい」
と、日々考えている友人がつくった小さな雑誌の雰囲気と
共通したものが在るとしばらくしてから気づいて、
興味深い偶然(必然?)だなあと、思いました。
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先週末のトモダチの家でのお花見
