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2007.04.28

美山町茅葺き家屋にての陶芸家・作品展DM

Smano_yululi


上は、美山町の素敵な茅葺き家屋にての、陶芸家・梅棹マヤオ氏の作品展のDM。
デザインはStudio Mano、写真はparammmによるものです。

Studio Mano(スタジオ・マーノ)  
http://www.studiomano.com/

陶芸家・梅棹マヤオ氏のスタジオ、studio fire and fibre   
 http://www.umesao.com/

作品展会場の厨房ゆるり。 
http://youluly.umesao.com/
茅葺き家屋の素敵な空間です。美山の旬のお料理も楽しめます。↓

Miyamayululi0403

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2007.04.27

ぽちてっくスプーン教室

Spoon01_1

京都の堺町画廊での ぽちてっくスプーン教室 に参加してきました。
自分の手でものをつくるって、本当に楽しい!
そして、本日ちょっと筋肉痛(笑)。

スプーンづくり体験、追って日記にアップします。

また、この堺町画廊で ぽちてっくてんその5 が開催中。
素敵な空間にLovelyなぽちてっくさんの家具が、展示されています。4/30(月)まで。


Spoom02


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2007.04.25

Trensa(トレンサ)の活動紹介

フェアトレードのコンセプトをベースに、メキシコの素材(シルバー・テキスタイル)を活かしたアパレル雑貨企画&輸入販売を行う友人の“Trensa”が、最近発売の女性誌マリ・クレールで紹介されました。

友人が起業したのはつい最近のことですが、メキシコへの思いは、とても長く、そして熱い!!!です。
ご興味のある方は、本屋さんで今月4月23日発売のマリ・クレールをごらんください。


marie claire 6月号
掲載場所はP76からの「プラネット・ウーマンの起業のすすめ」というコーナー。
Trensaの掲載はP81。


発売日の友人のBlog 
my lovely mexico *「トレンサの活動が女性誌で紹介されました


そしてTrensaのホームページもリニューアルしました。
http://trensa.net/


私も微力ながら彼女のお手伝いをしたいと思っています。
Arbol
メキシコ、プエブラ近郊で。日射しを避けて、大きな樹の下に集まるひとたち。物売りのおばちゃん等等。


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2007.04.24

仕事のカテゴリー

“自分の仕事をつくる”
という本は、ふと本をひらいて拾い読みするたびに、“なるほどー”と思う言葉がつまってるな、と思う本。
自分で仕事をはじめてから特に。


今日ひっかかった言葉は、ヨーガンレールという著名なデザイナーの言葉。(インタビュー中のもの)

「自分の職業が何であるか、そういうことはあまり気にしません。
私は、モノをつくってるというだけでいいです(笑)。」

というもの。
いいなあと思う、けど、仕事って従来のカテゴリーにはまってるほうが、
何をやっている人かわかりやすいし、お客さんも、それに対する報酬も払いやすい。

つくる時は、この言葉のようにつくりたい。本来は、カテゴリーありきで、ものづくりを始めるわけではないし。
でもそれで報酬を得るなら、つくるものが、ある程度ほかの人にもわかりやすくて、だれかに必要とされないと。
最近、空間づくりと写真を撮ること両者について、考えてます。

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ものづくりは気持ちのカタチ_その2

今日は書きたいことが幾つかあるけど、まずは前に書いた“ものづくりは気持ちのカタチ”のこと。

先週日曜日の友人宅でのお酒を飲む会が、持ち寄りだったので私も二品ほど作っていってみた。
“自分の食べたいもの”を。
だって、自分が食べたくなければ、他の人にとっても美味しいものにならない気がするんです(笑)。

基本的に日本酒のお伴の予定だったので、作ったのは、イワシの梅干し煮と、青豆ごはんのおにぎり。
イワシの梅干し煮は実家にいたときからの好物。(母のはショウガ入り)圧力鍋で炊いて、骨ごと食べれるように。
青豆ごはんは、最近食べたかったので。
塩と酒で、お米と炊きました。おにぎりの中身は、お豆とぶつかんない程度、と思って、昆布とシャケの2種。
あと、青菜のゆでて花かつおをかけたもの。お醤油かけて、とその場でいうのを忘れてしまった(笑)
私のは、こんな感じ。

この日は、他の友人の持ち寄りと、その場で料理してもらったもので、テーブルがいっぱいになって、だいたいで決めた宴なのに豪華になった。別に集まりのテーマは何もなかったけど、美味しい料理と、肩のこらないお喋りで、リラックスした休日の夜となりました。ちなみに、先の記事にかいた、モノをちゃっちゃとつくる友人は蒸しパンをつくってきてました!
…いいなあ、蒸しパンをさっさと作れるなんて…。

今日になって、一緒にいった友人から、
「鰯の梅煮もおにぎりも美味しかったです。また作ってください!」
とメールをもらった。
ものをつくって喜んでもらえるのは、素直に嬉しい。ご飯でも何でも。
なんだか、自分のちょっとした気持ちが伝わったようで。

「また、作ってください!」っていい言葉だなあ。




+
昨日京都御所を通ったら、サクラが今まさに満開のエリアがあったのでびっくりしました。
南西の八重サクラのエリア。(写真のサクラは美山町です)
Miyama_sakura03

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2007.04.21

ものをつくるって、気持ちのカタチ?

さっさとモノをつくる人に憧れる。
友達で器用な人がいて、ちゃちゃっと、服を縫ったり、おやつを自分で手づくりしたり。
彼女の家で、ホットケーキミックスから作ったんじゃないホットケーキをごちそうになった時は、かなり嬉しかった。

この前は、花見の席にいったら、手づくりのパウンドケーキがでてきて、
「こういうのって、いいなあ、いいなあ。」
と内心感激していた。

すごいのは、友達んちのロフトへ上がる梯子をつくった友達の彼氏。
彼女の部屋のロフトへ上がる階段(折りたたみ式)が、上げ下ろしが面倒なのを見て作ってくれたんだったと思う。だいたいの寸法を測っていって、神奈川県の自宅でパーツをつくり、京都に住む彼女のアパートのロフトに梯子を掛けてしまった。(パーツはどうやって運んだんだろう???)
こんなことって、建築家でできる人はたぶんいないだろうな(笑)。

さっさとこういうことが出来ていいなあと羨ましく思うのは、
「このひとにこれを食べさせたい!」
とか、
「このひとにはこれを贈りたい!」
と、気持ちが一番高まってるときに、それが出来ること。

ものを作るときの基本って、そこにあるような気がするなと、ふと思いました。
私の場合、写真がそれに近いかな。友達の結婚式の写真係の時に、友達の姪っ子の写真をちょっと作り込んで渡したときに、気に入ってもらえたのがとても嬉しかった。
あと食べ物なら、おにぎりなら出せるかな…。


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2007.04.20

大家さんへ自分紹介文

ひょっとしてひょっとしたら、引越するかもしれません(自宅)。京都市内からは出ませんが。
そして、ただ今すごく面白いことに、その引越先の大家さんへの自分紹介文を求められている。
大家さんは遠方にお住まいなので、文面で「面接」ということなんです。

こういう場合、私ってどんな人だと説明したらいいのだろうか考えていて、
このブログとは別に書いている“地球アパートメント”というブログに
自分のプロフィールを載せていたことを思い出した。
ここで書いているのは、私の今迄の旅行歴と今住んでる京都へ辿り着くまでの履歴。
これに、シゴトの履歴を加えたら、パブリックな場での私のおおよその説明になるかなと考えた。
こちらのブログのプロフィールもアップデートしてみようと思います。これから2、3日のうちに。

もし、大家さんがインターネットに慣れ親しんでいる方だったら、このブログがそのまま自己紹介にもなり得るところ。
前に“はてな”の近藤淳也氏の著書で、はてなの新入スタッフ面接はそのひとの書いているブログも主要な判断材料を読んだことがある。ネット上の人格として見るのだそうだ。“はてな”はネット上で生きている会社だからそれが大事なのだと。

前に行っていた起業塾では、こんな話をきいた。例えばブログを1年くらい書いていたら、そこではその人のある部分(全部では無いだろうが)が、正直に表現されていることになるだろうと。その1年自分を偽り続けることは到底無理ということで。

私の友達は、ブログのサブタイトルが時期を追って何回も変えているのけど、そこに彼女のその時期のキモチが現れているよう見え、変わるごとに「なるほど、そう来たか。」と、観察している。
確かブログのタイトルも当初とは変えている。
彼女が、季節や成長にあわせて着替えているように見えてとても面白い。


+
先日訪れた、美山町の茅葺き小美術館。
茅葺きの小屋組スペースが面白い。
5月までは絵画と木彫作品の展示。
Miyama_museum

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2007.04.19

プロは決めるのが早い

Demachi_delta黄色く浮かび上がっているのは、菜の花。出町柳デルタ付近。


先週の話になるけど、さる雑誌に掲載される商品の写真撮影を見学する機会に恵まれた。
要するに、実績のあるプロのカメラマンさんの仕事をじっくり見ることが出来たのですー。
私も撮ったことのある、まさに同じものを撮影していたので、見学していて「なるほど〜、そうすればいいんだ〜」の連続でした。
職業柄、建築の竣工写真撮影の現場には立ち会ったことはあるけど、商品撮影は実は初めてでした。


そのカメラマンの方はフィルムカメラだったし機材やセットも比べ物になりませんが、かなり実際的な参考になった!
特に参考になったのは、光のつくり方。別置きのフラッシュ(投光器のような)を使用されていて、それそのものは同じことはできないにしても、反射板の置き方とかトレペでの柔らかいひかりのつくり方(配置)とか、フィルターの使い方とか、まず大収穫。プロがこうしていると判ったらそれを知ってる上で、自分はどう撮るか、少ない機材でどう対策を練るか、決めればいい。到達点(ある解答)が把握できて嬉しかった。

そういう機材的なテクニックの他で、おどろいたことが2つあった。
それは、アングルを決めるのがとにかく早いということ。
サッカーじゃないけど、“決定力がある”というのかなあ。
ポラロイドで試し取りを見せて頂いたので、だいたいどんな構図がわかっているのだけど、
いい意味ですごくオーソドックスに決めていた。(雑誌でのレイアウトもきっちり決まっていたこともある、たぶん。)
オーソドックスにきれいに撮るということに、ガチンコで勝負して、それも短時間でさっさと位置取りしていた。
その決定力が、すごいなと思った。それで、いいと思えることに。
私もたくさんたくさん経験を積んだら、そうなれるのだろうか…。

あとは、ピントがオートフォーカスじゃなかったこと。私にとっては意外でした。
たぶんオートフォーカスも出来るカメラだと思われるのだけど、手動でピント決めてました。
本当にここ1点だけにピントを合わせたいというときは、手動でやった方がいいのかな、などと(あくまで)推測。

この日は、いろいろな照明下での撮影やら、商品そして動く人(その商品の制作風景)の撮影やらを見学して、あたま飽和状態。
ああ、ほんとに面白かった。

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2007.04.18

デザインを欲している場所

「あらかじめ与えられたフレームのなかで
仕事をするのが従来のデザイナーだとすれば
…が行っているのは、
デザインを欲している場所を新たに発見しては、
そこに入りこんでいくというような作業である。」

最近入手した本に、載っていた言葉。
まさに、こんなふうに仕事がしたい。
…のデザイナーの方のように、すごい能力を持ってなくても、
ささいな私の能力(デザイン能力とは限らず)を、必要としてくれるひとにもっともっと出会って、
仕事がしたいなあ。
今更ながら、自分が持ってるものを、見直す必要ありかな。



+
夕暮れ時のさくら、美山にて。
Miyama_sakura02

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2007.04.17

クライアントに育ててもらっている

Miyama_sakura_1

前に美山町で撮影したものを、仕事を頼んでくれた友人に先週末見せて必要なものを選定してもらう。
今回はある小美術館のパンフレットづくりの素材として使われるのだけど、そのパンフレットをデザインする彼の選んだものを見て、
「なるほどー、こういう絵を素材として使うんだ!」
と、改めて新鮮なものがあった。

前にも別の仕事で、彼に画像を使ってもらったことがあり、それと合わせて感じたことは、
施設のパンフレットに使うのだから、その空間の説明であると同時に、
ちょっとした視点(空間の見方)の面白さがわかるようなものが撮れたらいいな、と思った。
後でどう使ってもらうかもある程度イメージしながらも、新鮮な眺めといったものが見せれたらいいな。
そんなものがたくさん撮れるように、現場でもっともっとテンションをあげたい。

今回は曇天のもとでの撮影だったので、それに対してどうイメージをつくるかとか、どんな実際のテクニックが必要とか、それから後の画像加工なども、知れて勉強になりました。

仕事をくれる友人たちに育てられている、とつくづく感じるこの頃。
とてもありがたいことです。

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2007.04.12

昨日、学生から聞いた話

Braziliann01
昨日学生から聞いた、興味深い話!

彼がボランティアで全く目が見えない方(話の流れからするとおそらく産まれた時から)の方のショッピングに同行した時のこと。
その方が、服を選ぶ時に、この“色”は似合う、似合わない、と、はっきりと口にしていたという。
例えば「この赤は、私に似合う」等々。
目は見えないはずで、しかも産まれた時から、である。
学生がいうには、手触りなどから、その人の尺度の“色”があるのではないかとのことだ。
と、いうことはおそらく私たちとは全く違う尺度の色の世界というものが、頭の中に存在しているということだ。
そして、それが否定される理由はひとつもないし。
だいたい同じ目が見える世界にいて、同じものを目にしても、見え方は人それぞれで違ったりして、その場合だって、ある意味尺度の違う世界に生きてるとも言える。


目が見えないということは、

“何かが欠けてるわけではない”

と現実の話として知れて、すごく興味深かった。
ちなみに、停電があって、目の見える人間が暗闇で困っているときに、
目が見えない人は、ふだん通り何事もなく、行動できるそうです。


+
先々週、京大の吉田講堂でのブラジル音楽イベントにて撮影。
たまたまカメラを持っていて、めちゃかっこよくサンバのステップ踏んでるヒトたちの足元撮りました。
この画像は、ある意味“カメラの眼”。人間の眼で見ていたら、こんな鮮やかな紫の影は見えなかった。
Braziliann02

Braziliann03

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2007.04.10

友人の日記から

Sakura02
自分(私)を友達として選んでくれたことに喜びを感じるような人が、シアワセなことに私には何人かいる。
その人の日記に素敵な、でもいい意味で重い言葉があったので、ここに載せます。
彼女も素敵な友人から貰った言葉とのことだ。

「人って誰でも、光と影をもっており、そのどの部分と出会うかは本人の波動であり、
自分が選択しているということです。
だから、人を責めたり、周りの評価を気にしたりするのは意味がないと思っています。
他人の中に見えているのは、自分が持っている影に共鳴する部分であり、
どういうご縁が周りに訪れるかは、自己責任なのです。
大切なことは、自分が自分に正直であること! 
ご縁があって頼りにされたら、喜んで働くこと、そして、結果や見返りを求めないことです。」

これを読んで、いろいろ思うところあり。
私は情熱をもっている、前向きなで心がピュアな人にどうしようもなく惹かれるのだけど、
それは、自分がこうありたいというの光(陽)の部分をその人にみているのだろうな。
逆に、影(負)のエネルギーの強い人には、めっぽう弱いかもしれない。
自分(私)の影の部分が投影されていることを目の当たりにして、ダメージを受けてしまうのだろうな。

自分が他の人からに見たらどう映っているかとか、まったく気にならないというほど、肝は座ってないけど、
だからといって、良く見せることができるほど、自分を思うがままにコントロールする器用さが無いことも知っている。
結局、正直にやってくだけかなあ。
その勇気が萎えませんように。

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2007.04.09

美山町の春を採りに

Hanabia


土曜日は京都の美山町宮島というエリアに出掛ける。
友人がデザインするパンフレットの素材のための写真撮影。
この仕事の私の受け持ち部分のおもしろいところは、1年通して4回ほど撮影し、四季折々の風景を納めるということ。今回は、もちろん桜。

この日は朝は天気がよくなるかと思えたのだけど、途中で雨がパラパラきたりしたので少し焦る。
桜のある風景はなんとか納めましたけど、反省も多々あり。
予報をみて天気が良くなると踏んでいたので、雨の対策をしていかなかったこととか、
天気とは関係ないけど、茅葺き屋根の家屋のギャラリー(屋根裏)の照明環境が撮影するのに難しかったこと。
また、できれば適度に人が入ってる風景(活きてる感じ)を撮ってくれればと、要望があったけど、そのシャッターのタイミングが難しかった。これについては、“やらせ”のような風景をとっては意味が無いけど、
ある程度自分の中でのイメージも必要だと感じる。

特に屋根裏のギャラリーの方は、絵の展示風景わかるようにしながらも、茅葺き屋根の構造や茅の素材感、破風から差し込む光の感じを、目に見えるそのまま撮りたかったので、その場で既存の照明の付け方を何パターンか試す。そして絵の額縁のガラスが反射するので、そうならないように確認しながら撮る。
それで小さな空間なのに、かなり時間を要する。出来るならば、事前に照明の状態をヒアリング要…。

今回の場合は、パンフレットの素材なので押さえておくべき風景がある程度決まっていたのだけど、それを自分が面白いと思う視点で、
ワクワクしながら撮りつづけるということ
は気持の上で訓練がいるなと思った。
ある程度のノルマはきちんと押さえながらも、遊ぶということ。
それ以上表現するものを撮るということ。
あたりまえだけど、これ!と思えるまで根気も必要…。

当初の予定の場所で撮影を終えたら、美山町の桜の名所もちょうどよく咲いてるからと、そちらにも寄る。
こちらで、何枚か撮っているうちに、かなりリラックスしてきて、とても面白い風景を見つける。
花びらではなく、5枚花弁がしっかりついた桜の花が落ちてくるので、「?」と思って見上げたら、
小さな鳥が桜に停まって、花をついばんで蜜を吸っては、くちばしから離して落としているのだった。
結構な早さで吸っては落とし、吸っては落としで、花が降ってきてるみたいでした。

次の美山での撮影はおそらく5月、新緑の頃です。


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2007.04.07

ちょこちょこ作ってます

最近は4月からはじまる授業の準備をしていますが、一方ちょこちょこ写真を作ってます。

昨日ワーク↓
クリックして拡大してみてください。現物より大きくなります(笑)。
Aila07_1
個性的なデザインのサンゴのチョーカー。真っ赤な珊瑚。

このジュエリーのブランドは“INTINI”。
ミラノから、日本上陸。
4月11日から24日の期間中、神戸大丸の1階アクセサリー売り場で、展示販売されます。
SHOW at Kobe Daimaru


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2007.04.06

かもめ食堂のコーヒー

少し前に映画の“かもめ食堂”を観た。
印象に残ったのは、透明感のある陽の光の色と、
本当に何度もでてくる俳優の小林聡美がコーヒーをいれるシーン。


具体的にいうと、コーヒーの方は、

「1日何十回となく手でいれるコーヒーが、お客さんに美味しい!と満足してもらえる」

という出来事自体が、気になった。

自分も毎朝、そしてトモダチが家に来た時なんかは、
コーヒーメーカーではなく、手でコーヒーをいれるのだけど、
コンスタントに美味しくいれるのって、なかなか難しいなと感じている。
毎朝の自分の分はともかくとして、豆の種類とか、お湯の加減とか、人数とかで、微妙に調節するのがうまくいかなかったり。
トモダチにいれる時などは、ちょっと緊張して余計、失敗したりして(笑)。


お客さんに美味しいコーヒーを入れるという、ごくシンプルに見える行為を
百発百中で出来るということは、お商売とはいえ、すごいなあと。
そして、自分の仕事のことを省みたりしました。
自分の仕事で、それは具体的に何に当たるかは、……いろいろあるかな。


Brawn

最近やっとブラウンのコーヒーミル入手。
挽きたてのコーヒーの粉はお湯をそそぐと本当によく膨らんで嬉しい。
挽きたて豆での煎れ方、練習中。




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2007.04.04

さくら、さくら、さくら

Sensyo




京都は今、一番美しい時期。個人的には、紅葉の季節より桜の頃の方が美しいと思う。
やっぱり春を待ちわびていたという心境があるからだろうか。

先週末は、知り合いの方の着物の展示を観に行く。
ここでも桜づくし。着物の柄、帯、半襟に桜が咲いてました。↑の画像はそのひとつ。

そして御所の桜。もう散りかけているのもあります。
Gosyo_sakura




月曜日は仕事帰り、友人と二条城の夜桜を。
二条城はほんとうに久しぶり。北野天満宮の梅のように、いろんな種類の桜があって面白かった。いろんな桜の匂いを嗅いでみるが、薫るものとそうでないものがある。薫るものは、桜餅のにおい(笑)。
Nijyo01
桜のトンネルの下を歩き、そこを抜けると円山公園の桜より大きいんじゃないかというくらいの、しだれ桜に遭遇。
Nijyo02




自分は何にもしていないのに美しいものが観れて、ほんとに贅沢な季節だと思う。
春に感謝。


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2007.04.03

手に取った雑誌の中に

表紙に惹かれて、手に取った雑誌を開いてみたら、
表紙の佇まいを裏切らず、どちらかというとそれ以上の、紙面があった。
じっくり眺めたくなったので、創刊号を買ってみた。
(創刊号は昨年の6月であるから、すでに目にしている人もあるかもしれません。)


その雑誌、まだざっとしか目を通して無いけれど、
はっとするような言葉が幾つかあったので、拾いだしてみました。



生活が冒険になるデザイン


線をひいているときがある…。
なにかがいとおしくなったり、小さな光景を思い出したり、ときには不測の事態に陥ったとき。
それは、文字とも絵ともいえないものだ。
線のいるところは、「言葉」になりにくい言葉たちと、
「言葉」になりたい言葉たちと両方いる、へんなところかもしれない。
彼岸も此岸も、過去も現在もいっしょくたのような。


美しさは役に立つから美しいのではなく
美しいから役にたつ


生活の荒廃は、美意識の喪失から始まるのではないか。…(中略)
生活の時間、生活の空間そのものがなくなっている。
生活がなくなったのは、人と人、人ともの、ものとものをつなげる美意識がなくなったからだ。


つまりここでは、デザインとは生きる意思の別名となるだろう。
(“ここ”とは、この場面では、この雑誌のこと。)


昨今の「効率」はもちろん大事だ。
でも人生は、消費だけで埋め尽くされた生の時間ではない。

(雑誌 graphic/design より)




これから、この言葉たちを頭のなかでちょっと反芻してみます。


そして、この雑誌のたたずまいが、
「美しいものってなんだろう、もっと美しいものを見てみたい」
と、日々考えている友人がつくった小さな雑誌の雰囲気と
共通したものが在るとしばらくしてから気づいて、
興味深い偶然(必然?)だなあと、思いました。



+
先週末のトモダチの家でのお花見
Sakura01




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2007.04.02

イメージづくりの道具として

頭の中でまだ輪郭をもたずいるイメージを
言葉や画像を使って、膨らませたり、揉んだり、
何度も行ったりきたり。
でも、そうするうちに、輪郭がはっきりしてきて、
自分の行きたいところが見えてくる。

写真は、その試行錯誤の重要なツール。



昨日のワーク。
イタリアンジュエリーINTINIのチョーカー。
パールとマットな白い貴石の2重使い。ヘッドはオリエンタルな感じ。

Aila06

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