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2007.01.29

老舗を経営することとは

今日も、知人の取材に写真係としてついていく。行き先は、京都で伝統工芸を生業としている老舗。

これで6人の老舗経営者の方に接する機会に恵まれた。面白いことは、それぞれの方のキャラクターがかなり異なるにもかかわらず、口にするポリシーや、今なお試行錯誤を積み重ねていることは同じ。

「本物をつくる」
「物事、長い目でみる。(=目先のことに飛びつかない。)」
どの方からも、それから作られているものからも感じるのはこれ。

工夫が必要かもしれないが、本物がちゃんと生き残る時代になってきていると、私自身は思っている。
老舗といっても経営者の方は40代くらいの方ばかり。この方たちに頑張ってもらわないと、本当に正直なところ日本の伝統文化が無くなってしまうように思う。


昨夜はご近所の町家の日本酒の会に参加。
Kuramaguchinchi

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2007.01.28

あたらしいもの

昨日は知人の取材に同行し写真係をつとめる。
取材先は織物関係にたずさわる方々。


京都ってこんなに美しいものを作っているんだ!
私は京都のこと全然知らなかったんだ…。

というほど、美しいものに接することができた。大袈裟でなく。
どれもが、柔らかくて、艶があって、美しく微妙な色合い、そしてこれ以上無いほど繊細。
私は果たして、それらをちゃんとカメラに収めれるかどうか、その美しいものたちを見た瞬間にすっごく不安になりました。
…といってもしょうがないので、とにかく一生懸命シャッター切りました(笑)。
とにかく、たくさんたっくさん撮った!

そして取材が終わったあとに、その知人が言った言葉がとても面白かった。
「すごく古い文化(技術)でも、現代の技術で、今となっては制作不可能なものだとしたら、逆に

“新しいもの”

なんじゃないか。」
というもの。

なるほどー!!!

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2007.01.27

木に対する愛着

Potiteck01
先日のあじき路訪問のあと、同じく東山区のユニークな共同アトリエと、そこに入居する木工作家の方の自宅を尋ねる。

そこで彼女のいくつかの作品を見せてもらう。彼女が自ら説明してくれたのだけど、2つの傾向があることに気付く。
一つは、図面を描いて、モックアップを起こして制作する家具(プロダクト、といったらよいのだろうか)。もう一つは、彫刻を彫り上げるように、ざざっと木を削って(落として)形にしているスツールとか、木の食器とか。
また、後者の方に通じるように思うのは、彼女の自宅にあったもの。彼女が制作したものではなく、実家から譲りうけてきた作業台で現在はダイニングテーブルとして使用しているものや、誰かからもらった棚など、しっかり使い込まれた木の家具。
彫刻のように仕上げられたもの、それから自宅の家具などには、樹種やかたちを超えて、シンプルに木というものへの深い愛着とセンスを感じ、そんなふうに木を愛おしんでる彼女がとってもいいなあと思いました。

そして私もそんな素材があるだろうか、と振り返ってみました。
そうだな、私の場合はしいていえば自然光だろうか…。


Potiteck02
荒々しさが気持よくて、年月を経てる感があるテーブル。

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2007.01.25

赤ちゃんとお母さんの写真を撮ってきました

Baby

昨日は、友人の会社でサポートしている若いお母さんとその赤ちゃんに会いに出掛ける。
お母さんは今週月曜日に初めての出産をしたばかり。私の役目は、そのお母さんと赤ちゃんを撮ること。
赤ちゃんってとにかく綺麗で、なにもかもフレッシュで(生まれたばかりだから当たり前だけど)、赤ちゃんを撮るのもすごく興奮したのだけど、出産したばかりのお母さんが赤ちゃんを見つめたり、抱いたりする姿がすごく初々しくて、美しいものを見せてもらってるなあと思って、それを一生懸命写真に納めた。

私はプロの写真家ではないけど、写真を撮ることにとても執着していて、それって一体何がそうさせるのだろうとずっと考えていた。それで最近気付いたのは、私は何かものの関係を写真に納めたいと思っているのだな、ということ。
人と建築、人と風景、人と人という、言ってみればその場でしか見れないような、風景、佇まい、あるいは一瞬。
それに集中力をもって接して写真に納めるっていう行為が、緊張もするけど、とっても気持がいい。充実感がある。
昔は静物や風景や、人のいない建築の写真ばかり撮っていた気がする。たぶん変わってきたのはメキシコへ長旅にでかけて、街の写真を撮るようになってきてから。街の写真って、人がいないと面白くないのだ。
こう考えると、建築も人に使われてこそのものだと、思える。


写真とは別ですが。
昨日聞いた言葉ですごーく感動したのは、出産を終えたその若いお母さんが、ふと言った、

「実際に出産するまで、本でいろんな出産体験を読んだけど、
自分の出産は、他の人のどの体験とも違った。」

というもの。
世の中に出産マニュアルのような情報が溢れているけど、そのどれと異なっても、だからといって不安におちいる必要はないようです。ひとそれぞれのようですね…。

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2007.01.24

ときどき手を動かしてみたくなる

昨年末、友人のオフィスづくりでペンキ塗りを手伝ったあと、年明けには、自分の部屋のペンキ塗りをした。
それは入居時に塗り残していた部屋の1/5くらいの部分。その壁面はドアが3カ所あって、マスキングテーブで養生するのが面倒だったせいもあったり仕事が始まったりして、塗り残していた。それを塗りきって本当にすっきり。

一度手を動かし始めると、道具を出したり、洗って仕舞ったりの億劫さが緩くなって、いつかやろうと思っていたことに取りかかってみたくなっている。
次は、椅子と鏡のニスの塗装を剥がして、オイル系の塗装に仕直そうと思っている。塗装のリムーバー(剥がし剤)とオスモカラー(天然オイル系塗料)は取り寄せました。週末の時間のある時にぼちぼちやろうと思ってます。

普段の仕事は鉛筆でスケッチしたり、コンピュータで図面を書いたりで、実物そのものをつくることってほとんど無い。模型を作ったりもするが、それも実物空間のモデルだし。
部屋のペンキ塗りのような些細なことでも、こんなふうに手を動かして実際のものをつくったり、手を加えたりすると、ほっとする。自分がちゃんとリアルなものをつくれるのだという安心感につながっているのだと思う。
そういう意味では、料理することも同じだな。コーヒーをちゃんと煎れたりとかも。

Spoon
近々スプーンづくりの教室に参加するかもしれません。
写真はスプーンづくりの教室で彫って磨かれる前の材料段階のもの。ひとくちにスプーンといっても、かたちはもちろんのこと、木の種類や彫り方なんかによっても、かなり表情が異なったものが出来そうですね。



2007.01.21

あじき路地、ふたたび

Rim01
先週の木曜日、京都東山のあじき路地に友人と訪れる。
昨年に一度、京都市内に長屋の古家をもつ女性と、長屋がうまく活かされている事例見学という名目で訪れた。そして今回はそのあじき路地で店舗を構え、手づくりの革製品を制作・販売する女性を訪ねた。

その店舗はRimさんといって、手縫いで革製品を制作しているShop。革製品で手縫いなんて、初めて目にしたのだけど、手縫いのなんとも言えない風合いに素直に感動。手縫いといっても、もちろんきれいに整っているのだけど、なんというか、フリーハンドで引いた線と定規で引いた線が確実に異なるように、手縫いは手縫いの素敵な味があるのだ。
Rimさんところの商品は、一つの型(デザイン)で布と糸を選ぶことができる。そしてそれだけ縫い目に味があると、縫い糸を変えただけで同じデザインでもかなり表情が違ってくるのが面白い。形はシンプルなものが多く、それでいっそう手縫いの線がいい味付けになっていると感じる。

友人と二人でRimさんの仕事についていろいろと質問。
なぜ手縫いを選んだのか、どこで習ったのかとか、長屋の改装のいきさつとか。短い時間だったけど、いろいろと尋ねてみてRimさんから感じたのは、好きなことに向かって、ちゃくちゃくと進めていくという強さ。
とってもユニークだと思った受け答えはこれ。
私の友人の「どこで革製品をつくる技術を学んだんですか?」という問いに対して

「いわゆる“学校”のようなものは、無かったの。だから、独学で出来る分野なのかもしれないと思って、“教室”には通ったことがあったけど、あとは調べたりして自分で勉強したんです。」

というもの。
自分のやりたいことに対して、自分で道筋をつけていく。
これは週末講義の講師の方の著書“自分の仕事をつくる”の領域だな、と思った。

今のお店を構えるまでにいろいろな仕事をやっていて、例えばインテリアショップの接客のスタッフなども経験していて、それも多いに現在の仕事の多いに役に立っているといっていたこと。

「良いデザインが出来たり、革製品をつくる技術が優れている人は多くいるけど、それだけでは果たして、自分で店を構えてやっていけるかどうか…。」

というような、話にもなった。
人に仕事を頼まれるって本当に簡単なことではない、と独立する前からずっと思っていたのだけど、ここで上がった話も、まさにそれ。
ものづくりは人と人の間で成り立つものなのだな、改めて思う。
いや、ものづくりに限らず「しごと」ってものがそういうものなのだろうな。

Rim02

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2007.01.18

世の中2次情報が多い_週末講義その6

昨年の週末講義で

今の世の中2次情報(=誰かが一度加工した情報)が溢れていて、ともするとその情報に縛られたり、踊らされやすくなっている、それってどうなの?

と、あった。

例えば、私なんかは自分で自分の2次情報に惑わされてるとある時気付いた(笑)。
それは長期旅行で撮った膨大な建築空間の写真。一度にあまりに多くの空間を見ていると、やはりその場で全部はインプットしきれなくて、旅先から帰ってきてから何度も見返している写真の方が頭の中に定着してしまう。空間ってやはり写真じゃ撮りきれない情報が多いので、その場で体験したものを記憶しておきたいのだけど、写真で撮られたアングルの方を、リアルな記憶と自分で錯覚しているという状況(笑)。

それでも、写真が無いとそれを体験したこと事体も忘れてしまうことがあるから、何も無いより写真として残っていたほうが良いと思っているが。
本当は、写真が自分のリアルな記憶を呼びもどすスイッチであればいいな。

おととい書いた、太陽と月の光が地球に届く時間の砂時計は、世の中2次情報で溢れているということが気付かせてくれる存在。リビングワールドが提案する1.2次くらいの情報といったらいいのでしょうか。


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2007.01.17

勢い感じる友人のブログ

まだ始まったばかりだけど、毎日楽しみにしているブログがある。
それは、my lovely mexico*というタイトルのメキシコ・ツナガリの友人が書いてるもの。

その友人は現在、フェアトレードのコンセプトをベースにした、メキシコのアルテサニア(伝統工芸品・民芸品)を取り入れたファッション雑貨の企画・販売を準備中。(=Trensa)作り手の伝統的な技術や文化を大事にしながら、商品を通じてメキシコの魅力を届けたいとのこと。

このブログを始める以前にも、彼女は日々の日記的なものは綴っていて、そちらにもメキシコに絡んだ話は載せていたし、彼女らしさもでていて面白かったのだけど、my lovely mexico*の方は、メキシコへの思いのたけをぶつけるというか、とにかく今迄彼女が積み上げてきたメキシコへの思い、それから持っているメキシコ・ストックを、惜しみなく披露しているという感じ。

こうして事業を始める前も企業でフェアトレードを手掛けていて、おまけに英語もスペイン語も使いこなせる彼女のもっている情報はほんと充実しているし、彼女らしいセンスの良さもそこここに感じて、読んだり紹介されているサイトを探索するのがとにかくに楽しい。
またメキシコの酸いも甘いも知っている彼女のメキシコに向ける視線は骨太さも感じ、それがブログの安定感のある下地になっているように思う。

こんな彼女のブログに私は最近背中を押されている感じ。
いいプレッシャーになってます。

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2007.01.16

太陽と月の光が地球に届く時間

Hourglass03
“ジャック・マイヨールの息の長さ”は、 2005年夏、リビングワールドの“窓”展で手に入れました。そして最近、手元にやってきたのは“太陽の光が地球に届く時間”と“月の光が地球に届く時間”

時(とき)の長さが白い砂の量で測れて、太陽の光が地球に届く時間と月の光のそれの違いが ひと目で把握できるのが面白い。月の光が届く時間は、砂が少な過ぎてガラスに付着したまま落ちないんじゃないかと思うくらい、ほんの僅かな量。一瞬なんだなあとわかります。それに比べたら、太陽の光はもう少し長旅をしてくるよう。

この砂時計たちは、デザインオフィス・リビングワールドのIn this timeというシリーズで、私たちが通常何気なく使用している秒とか分とかでは無い単位の“時(とき)”を示しているとのこと。
実は今の世の中、便宜上あるいは商業上つくられた尺度のようなもの(=情報)がとっても多い。例えば大きなところで言うと、“時間帯の境界線”は、地球は球であるけど、それに純粋に沿うかたちではなく国境の形で決まってる。そこには政治の力や経済的な便宜上の理由が働いていたりして、あくまでも人工物なんですね。人間が便宜上つくった時間の単位の一つでしかないと言えます。

このお話は、やはり昨年の週末講義で聴いたもの。
別の時間の単位の一つとして、この砂時計があるのですね。


Hourglass04
月の光が地球に届く時間は僅か。

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2007.01.14

ジャック・マイヨールの息の長さ

Hourglass01
「In this time:the freediving world record surpassd a depth of 100m
(1976;Jacques Mayol)」

と、フレームに刻印された、ちょっと風変わりな砂時計をもっています。
1分とか3分とかではなく、ジャック・マイヨールがフリーダイビングで100mを超える深さを潜り、ワールド・レコードを出した時の息の長さ(潜水時間)の砂時計。

シュノーケリング愛好者の私は、フリーダイビングの神様の呼吸を手に入れることが出来るような気がして、この砂時計を見た瞬間に、「絶対欲しい!」と思いました。
目に見えない時(とき)の長さが、こんなふうにデザインされて形となって、それを手にとることが出来るなんて、とっても面白いですよね。

また、デザインする側から考えてみると、この砂時計のようにある形をとっているけど観る人によってイメージの分だけ広がりを持つ、あるいは多様な意味を持つ、みたいなものをつくれたらいいなあと思う。

Hourgrass02

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2007.01.13

見えてるもの

昨日の写真の話のつづき。

同じ街をとっていても異なる雰囲気に撮っているということは、見えてる世界が既に違うのかもしれない。これは旅行で行ったメキシコという特別な体験に限らず、何気ない普段の生活でも言えるのだと思う。
同じ風景をみているようで、人によって見えてる世界が全然違うこともあり得るのではないかな。

ということは、同じ空間の中にいながら全然違う世界を生きてることもあり得るのであって、これって面白い。

Mexico011
parammmの撮ったメキシコ、オアハカの市場で

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2007.01.12

写真から見える“まなざし”

昨年12月、竹中工務店のギャラリーで“都市の記憶”という写真展をみた。
写真家村井修氏は、建築写真の第一人者として徹底した審美眼をもつ人物という印象が強かったのだが、この展覧会のために選ばれ展示された写真は、今迄知らなかった氏の別の一面を表現しているようでとても興味深かった。
1950年代の愛知県半田の人々、日常の風景にむける柔らかなまなざし、こちらまでワクワク感が伝わってくるような美しい海岸線をとらえる航空写真。
これらの写真からファインダーをのぞいている時の気持の高揚感が伝わってきて、これから察するに、きっと私の写真からも撮ってる時の気持ちを見る人にさらしてしまっているのだと、すごくリアルに感じてしまった。
(こう考えると写真を撮って、人に見せるのって少々恥ずかしいものなんですね。)

この体験をして、前から不思議に思っていたことの謎が解けた気がした。
友人が撮るメキシコと私が過去に撮ったメキシコの写真から受ける印象がかなり違って、どう撮ったらこんな風に違ってくるのか不思議だったのだ。
友人のメキシコは、キュートで鮮やかな色彩の中にも爽やかさがあって、どこかしら透明感がある。
一方私の撮るメキシコは、少し土っぽくって、街にみられる色彩は“押し”の強さを感じる。わずかに毒気のあるような鮮やかな色彩。

そう見えているのか、そう捉えたいとおもっているのか、どちらか解らないけど(両者かな)、それぞれのメキシコ観があらわれているのだな、きっと。カメラは現実をそのまま撮っているようで、実は表現の道具なのですね。

Mexico010
parammmの撮ったメキシコ、すごく田舎にあった修道院。

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2007.01.11

ものづくりのツールについて

某学校で製図+設計の講義をもっているが、本日は学生の作品の発表、講評。今年度最後の授業。

授業では、ベクターワークスという製図ソフトをつかっているのだが、そのコンピューターの計算による3Dの質感表現がキレイすぎて、考えこんでしまった。ガラスの表現とか、水の表現とか、必要以上にキレイなのだ。
何を危惧しているかというと、単純にコンピューターの質感表現がキレイなためにそれに満足してしまい、学生が自分のデザインの完成度を高める作業を止めてしまいかねない、ということ。その質感の綺麗さが、本当の素材の見え方とも異なっているとも感じられ、また問題。

コンピューターによる空間表現が間違っているとは決して思ってないし、模型をつくる技量を持ってない場合は、この製図ソフト、かなり手軽なツールである。
そのあたりの特徴(ある種の勘違いしやすいポイント)をどう学生に教えたらいいのか。
ものづくりはツールの選び方、使い方にかなり左右されるものだな…。


Dsc_0131_1_1
最近一眼レフカメラを再び使い始めて、ある程度マニュアルで操作できるカメラの特徴は“ボケ”具合(被写界深度)が調整できるとことであると、改めて実感。

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2007.01.08

北向きの部屋は撮影向き

Flores
現在の私の住まいは、北向きの窓一つしかついてないワンルーム。
マンション自体が築年数が古いということ、それからこの北向きということで、広さのわりに家賃は安い。

日本では南向き信仰が強いので、北向きの部屋は敬遠されがちだけど、場合のよっては、そんなに悪くない、むしろ望ましいものとなる時もある。
まず、私の部屋は3階で、窓のついてる側は近くに2階以上の建物がなく、北側とはいえかなり明るい。はじめて部屋を見た時は、言われるまで北向きと気付かなかったくらい。
また、北側採光のよいところは、入ってくる光が基本的に反射光であるため、光が安定していて、光の色が白い(黄色くない)ことである。反射光であるというのは、太陽からの直射日光ではなく、空で空気中のなんらかに反射して届いている光ということ。
以前仕事で少し関わった画家の方のアトリエの窓はあえて北側窓からだけの採光であったし、やはり北側高窓だけの採光であった写真スタジオも目にしたことがある。
あえて北向きを選んだわけではないのですが、自分で白くペンキ塗装した部屋は、ときどきする写真撮影に丁度よい。

この部屋に届く北側からの光は、私の印象ではやわらかく、すがすがしく白い。
結構気に入ってます。

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2007.01.07

京都は今年はじめての雪

Yukikyoto
朝なのに外がなんだか暗くなったなと思って窓を開けたら雪が降ってました。
遠くは真っ白、京都を囲む山は全く見えません。
雪の粒の大きさからすると、「積もるかな、積もらないかな」といういう感じ。
あまり寒くないので、積もらないかな。

今年は寒さ対策に、オイルヒーターを買いました。(駅前近鉄の閉店バーゲンで。笑)
すごく寒がりなので、部屋の広さに対して、1.5倍くらい容量のものを購入。デロンギとかは高いので、他メーカーの格安のものを。
1台は窓脇に、1台はデスクの近くに。エアコンとかの暖房では足が痛くなるくらいに冷えることがあったのですが(ホットカーペットとかでも暖かさが足りない)、輻射熱式のコレは、今のところそれがありません。
これで京都の1、2月の寒さが乗り切れますように。

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2007.01.05

もの作りはピクニック_週末講義その5

Gantan15昨年末に知人と話ていた時のこと。
独立して一人で仕事するっていうことに対して

「一人で仕事するものもちろん悪くないと思うけど、自分は何人か(チームで)で仕事することに、惹かれる」

というようなことを返してくれた。
それを聞いて、昨年11月の週末講義の講師の方が

「ものづくりはピクニック」

といって、彼の仕事の過程などを説明してくれたのを思い出す。
彼にとって“ものづくり”はある意味ピクニック、成果物も大切だけれども、その過程を楽しむこともとても大事なのだと。だから、プロジェクトのキックオフも重要で気を使う等々、話にのぼった。

これで気付いたのは、前の設計事務所に勤めていた私は、やはりピクニックに参加する側だったのだということ。
そして、今は一人だけどこれから誰かと一緒に仕事をするのは必然なので、今度は自分がピクニックの場を作る側になるのだとも自覚。

また、その講師の方は

「コラボレーションは掛け算」

と言っていた。
よい化学反応を起こせるコラボレーションは足し算ではなく、掛け算。
これも印象深い言葉でした。
一等楽しいピクニックは、掛け算になるということですね。

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2007.01.04

今日は一応オフィスへ

今日は、新年はじめてオフィスに出た。
仕事をするつもりはなく、年末にできなかった自分のブースの整理をしようと思って2時ごろから。
オフィスにはチャレンジオフィスのメンバー二人がきていて、新年の挨拶をする。

そのうちの一人と話をしていて、ふと話題は書き初めに。
彼女は新年老人ホームで書き初めをしたそう。↓
Dsc_0135_1
正直にこういうのって大事だなあと思ってそれを口にしたら、彼女とその友人の新年の集まりで去年の反省と今年の目標をいうのが慣例になっていると教えてくれた。それをこの書き初めに表現したとのこと。
抽象的な目標であるのが、なんだか彼女らしい。

人のことを言っている場合じゃなくて、自分もここ2、3日でさっさと今年の目標を立てなければ…。(そういえば、前の設計事務所では目標を立てようと思ったことなどなかったことにも、今日になって気付いた。)
私は目標が無いと、本当にのんびり時間を過ごしてしまうタイプの人間なのだ。
去年はあせらず人生のこと、仕事のことを考える時間をかなり充分に(笑)とったように思うので、今年は仕事の方のエンジンをかけていきたい。人一倍努力しないと何も成し遂げれない人だということを、充分自覚して走っていこうと思う。

結局オフィスに出たといっても整理ほとんどせず、ほとんど挨拶しにいったようなものになってしまった。でも、自宅で一人で仕事をしていたら他の人の今年の目標を見ることも無く、いつものように何も考えずに新しい年を始めてしまうところだ。起業仲間があつまっているところのいいとこは、こういうところだなと、このチャレンジオフィスに入れたことに感謝。

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2007.01.02

仕事とオトナ

Omikuji
ある友人とことあるごとに話題になってしまうのは、
“自分の仕事さがし”
“大人って何?”(ひいていえば、無自覚のまま大人になりたくない)
ということ。

社会にでて10年以上にもなる私が友人とこのテーマを話すのは、他人から見ると“何を今さら”と見えるように思うし、それも私が先輩として彼女に何かを伝えてるのではなく(その友人とは10以上歳が離れている)、同じレベルで話をしているのだから、ほんとに不思議な光景に見えることだと思う。
しかし、今になってこのテーマに私が取り組まなければならなくなったのは、昨年に数年つとめた設計事務所を辞め、自分で仕事することになったことがたぶん大きな理由。
それは、自分が小さいながらも事業主として準備しはじめてから、

“自分”と、自分のやる“仕事”

に自分で消化しきれない“建前”のようなズレがあると、気持よく(納得のいく)仕事ができないと気付いたから。
この場合の“自分”とは、“大人である自分”と言ってもいいのではないだろうか。


今日このことをここで書くのは、その友人が大切にしている本を借りたから。
それで、その本のはじまりでは、

子供の頃にはあったのに、大人になると無くなってしまうものがたくさんある、それを幾つ無くしたかで、人はどれほど大人になれたかを計るようだ。僕も今日までに無数の輝きを失ってきた。…

とあったのだ。
この本は素敵なエッセンスが詰まっていると思うが、この冒頭文には、私は反対の考えをもっている。
それは、

自分が心から納得できる仕事を見つけることができれば、子供のころに持っていた輝きを失うことなく“大人”になれるのではないか

ということ。
私はこれを探索していくことになるでしょう…本能的な自分がそう命じているので(笑)。
すでに社会人歴10年以上ですが、自分のめざす大人になるのは、まだまだのようです。

ちなみに彼女が勧めてくれた本はこれ↓私は“ママ”探しのテーマが面白かった。
望月通陽氏のイラストもとっても好き。




ミラクル


Book

ミラクル


著者:望月 通陽,辻 仁成
販売元:新潮社

Amazon.co.jpで詳細


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2007.01.01

昨年末、友人との会話

Gantan17私にとって、山あり谷ありだった去年を何とか乗り切れたのは、本当に友人、家族、周囲の人のおかげ。
特に年末二人でしっとりと忘年会をやった友人、それから一緒にペンキ塗りをした起業仲間からは、いい意味で心にずきずきくるような刺激をもらいました。
年末滑り込みのような感じで開業届をだし、設計事務所登録をして、ゆるゆるとだけどスタートを切った私には、本当に気持が引き締まるような言葉をもらいました。
その言葉とは、

まず自分が頭(トップ)で仕事をしていると、いい意味でも悪い意味でも、人とのつき合いや仕事の反応はダイレクトに返ってくるということ。

そして、それについてごまかし(曖昧にする)は通用しないということ。極端にいえば仕事の不手際や不誠実は、“無かったこと”には決して出来ないということ。

だからといって、失敗が許されないというわけではなく、ミスをしたらそれを誠実にフォローすれば、それは許される、と起業仲間の友人は教えてくれました。

“無かったことにして、次に進むのは解決にならない”

というのは、昨年私が書いてた週末講義の講師の方も似たニュアンスのことを言っていて、本当に心に沁みました。それにしても、彼女たちと話していると、いつも自分を包み隠さず正直に見せなければならない状態になってしまいます。そうさせる彼女たちの生き方(スタンス)ってすごいなと常々感じています。また、自分をありのままに見せるのは本当に恥ずかしくもあるけど、よく考えるとそういう友人がいるって実はシアワセなことだったりして、そんな自分の人生に感謝したりしてます。
今年もこんな友人たちとたくさんの時間を過ごしたい。

最後になりましたが、あけましておめでとうございます。
今日は家族と実家近くの神社を初詣で3つをはしごしました(笑)。
我が家の元旦の慣例行事です。
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