外の人が自分の可能性をみつけてくれる
昨日友達から嬉しい話を聞いた。
「ある機会に合わせて、(作品を)つくってみようかと思っている。」
ということ。
その友達の卒業制作を見たときはアーティストになるのかと思った程、彼女はしっかり芯のあるものを表現していました。だけど、卒業後はいわゆるものづくりとは異なる仕事につき、卒業制作のようなアート(彼女はアートではなく、デザイン行為としてたようだけど)が見れるのは、ずっと先かも、と思っていました。
そうしたら、昨日“その時がきたと思う”と、伝えてくれました。
きっかけは、最近学生時代の友達に久しぶりに会ったということ。
私の友達にとっては、ごく当たり前のように、単なる通過地点のようにつくった作品を、
鮮明に記憶していて“今はつくってないの?”という話になったのだろう。
自分(=彼女)がモノをつくることを待っている人がいる、ということに背中を押された、と友達はいいました。
私は「あの卒業制作のようなものをつくらないの?」とは、最近彼女に言っていないが、
私が何かしら待っていることは感じていて、それも後押しになったとのこと…。
そしてたぶん私のように彼女に期待している人は他にもいるので、それも感じたのだろう。
そんな話をしていて思い出したのは、“自分の仕事をつくる”のLW西村氏の講義中のことば、
“外の人が自分の可能性をみつけてくれる”
です。
自分の出来ることとは、自分では当たり前過ぎて、存外わからないものかもしれない。
実は、私もそんなふうに、人からみつけてもらったことがあります。
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